第百四十一話 助けたスライムに連れられて



「まさか昨日のスライムさんが来るとは思わなかったのです。でも、秘密の場所ってどんなところなのでしょうか?」

「さぁね。行ってみてからのお楽しみってヤツだろ」


 ラティとマキトが話している間も、スライムは森の中を一直線に進んでいく。その後ろをついて歩くマキトと魔物たちだったが、未だどこへ行こうとしているのか全く分からないでいた。

 朝早く、クラーレの家に現れた一匹のスライム。それは先日、マキトたちが助けたスライムであった。

 他の野生の魔物たちに聞き込みしてまで、どうしてもマキトたちの元を訪ねたかったというのが、ラティからの通訳で判明した。スライムは秘密の場所に案内すると言って、朝っぱらからマキトたちを森の中へと誘いこみ、今に至るのである。


『マスター。なんだか魔力が濃くなってる感じがするよ』

「わたしもそう思うのです。この近くに、たくさんの魔力を噴き出してる何かがあるのかもですね」

「キュウ」

「くきゅー」


 フォレオとラティの言葉に、ロップルとリムも鳴き声とともに頷いた。

 歩いている道は、マキトたちがまだ訪れたことがない場所であり、朝日の光が時折後ろから差し込む点を考えると、西に向かって進んでいることが読み取れる。

 マキトは頭の中でこの付近の地図を思い浮かべるが、西にはこれと言って目ぼしい何かはなかったハズだった。おまけに高い山が遮っているおかげで、このまま平原まで降りることは限りなく不可能である。

 したがって旅立つ際も、西に向かうことは全くなかったのだ。

 果たして西に一体何があるというのか、マキトはどことなく楽しみでありつつ、少しばかり不安も覚えていた。


「……完全に道なき道だな。ちゃんと帰ってこれるかどうか心配だなぁ……」

「そうですね」


 マキトがそう呟くと、ラティも苦笑を浮かべた。


「なんだかわたしの故郷に似ている感じもするのです」

「ユグラシアの大森林か……魔力で方向感覚を狂わせるんだっけ?」

「えぇ。もしかしたらこの近くも……」


 不安そうな表情を浮かべるラティに、マキトが顔をしかめる。


「だとしたら、どれだけ方角を読み取れたとしても、帰れないんじゃないか?」


 その可能性は高そうだと思った。魔物たちも同意見であり、それぞれマキトに掴まる力を強くしたり、なんとか周囲の様子を読み取ろうとしたりと、更に不安がのしかかる様子は否めない。


「ピーッ!」


 案内役のスライムが振り返り、自信たっぷりな笑顔とともに鳴き声を上げる。ラティがそれを聞き取り、マキトに通訳した。


「ちゃんと自分が責任もって帰すから大丈夫、って言ってるのですけど……」

「本当に大丈夫なんだろうな?」


 どうにも不安に思えてならない。しかしここまで連れてきて、迷っている様子も一切ない点からして、信用できそうにも見えてくる。


「まぁ、どのみちここまで来ちまったんだ。あのスライムを信じるしかないだろ」

「ピピーッ!!」


 お任せあれ、と言わんばかりにスライムは大きく飛び跳ねた。

 それを見て不安が拭えるわけではなかったが、もう余計なことは考えるまいと、マキトは思うのだった。



 ◇ ◇ ◇



 しばらく森を進んでいくと、川の音が聞こえてきた。それは穏やかさのカケラもない感じであり、マキトは渓流をイメージする。

 やがて古いつり橋が目の前に現れた。どうやらスライムは、このつり橋の先へ行こうとしているようだ。

 マキトが吊り橋の脇から、崖下の様子を確認するべく、恐る恐る覗き込む。


「結構高いな」

「川の流れも速いのです。落ちて流されたら、助かるかどうかも分かりませんね」


 続けてラティも下を覗き込む。そして吊り橋の様子を確認した。


「これ……かなり丈夫な素材で作られてるのです。ゆっくり渡れば、そう簡単に壊れることもないと思うのです」

「ピーッ、ピーッ!」


 案内役のスライムが、マキトたちに何かを話しかけている。

 ラティがそれを聞き取ると、驚きの表情とともにマキトのほうを向いた。


「マスター。どうやらおじーちゃんは、定期的にここに来ていたみたいなのです」

「そうなのか?」

「えぇ、スライムさんがそう言ってるのです」


 まさかの話にマキトも驚いた。同時に興味を抱いた。クラーレがここを訪れていたのには、何かしら意味があった気がしたのだ。

 スライムが先導する形で、マキトたちはつり橋をゆっくりと渡る。皆が無事に渡り終え、更に奥へと入り込んでいく。

 そして――マキトたちはそこに辿り着いた。


「凄いのです……まるで妖精の泉みたいな感じなのです!」


 ラティが感情を高ぶらせながら、その光景を見渡す。

 綺麗な泉を中心に手付かずの大自然。差し込む日の光が水に反射し、とても神秘的な印象を醸し出している。

 更に目を引いたのは、そこで遊んでいるたくさんのスライムたちであった。


「……スライムの隠れ里って感じか」


 マキトがそう呟いた瞬間、スライムたちが一斉にマキトたちのほうを向いた。

 そして一斉に驚き、あっという間に茂みの奥などに隠れてしまう。

 賑やかだった場所が静かな場所に早変わり。何もしてないのに悪いことをしたような気分になる。

 マキトや魔物たちが気まずそうな表情を浮かべていると、奥からのっそりと大きなスライムが顔を出してきた。


「何の騒ぎかと思えば……とんでもない客人を連れてきたようだな」


 細い目で案内役のスライムを見ながら、その大きなスライムは喋った。低くてゆったりとした、年老いた男性のような声であった。

 マキトがラティを見ると、ラティも驚きながら頷いている。どうやら普通に話せるようであった。


「何だ? スライムがヒトの言葉を話すのがそんなに珍しいか?」

「え、あぁ、いや、その……まぁ……」


 マキトが戸惑いながら頷くと、大きなスライムは目を閉じてため息をついた。


「ヒトの言葉など、ワシからすれば造作もないことだ。もっともワシ以外、ここで話せるヤツはおらんがな」


 そして再び大きなスライムは目を開け、マキトたちを見る。


「申し遅れた。ワシはここの長を務めておる。皆からは長老と呼ばれておる故、良かったらお前さんたちもそう呼んでくれ」

「あぁ、俺は魔物使いのマキト。コイツらは俺の仲間だ」

「よろしくなのですー」


 長老と呼ばれる大きなスライムに、マキトが代表して簡単な自己紹介をすると、長老スライムは改めて、マキトに深々と頭を下げた。


「ウチの一匹を助けてくれたことを感謝する。ささやかな礼として、お前さんたちを歓迎しよう。しかし……この場所は秘密にしておいて欲しい。ワシらも出来る限り静かに暮らしていきたいからな」

「あぁ、この場所は、誰にも言わないでおくよ」


 マキトが頷くと、長老スライムもようやく笑みを浮かべた。

 そして茂みなどに隠れていた他のスライムたちも、少しずつ姿を見せる。


「ピィッ♪」


 ラームが率先してスライムたちに近づき、すぐに意気投合して一緒に遊び出す。その楽しそうな声が、他のスライムたちにも大いに刺激されたらしく、あっという間にたくさんのスライムたちが集まってきていた。

 ラティたちもそれぞれスライムたちと楽しそうに遊び始め、何匹かのスライムがヒトであるマキトに近づいてきた。

 どうやら魔物に懐かれるヒトということで興味を抱いたらしい。

 試しにマキトが近づいてきたスライムの頭を撫でると、そのスライムは気持ち良さそうな表情で体を揺らす。それを見た他のスライムたちも、我こそはと言わんばかりに集まり、マキトにもたくさんのスライムが群がる結果を作り出した。


「ほう、あそこまで懐かれるとは……クラーレ殿の言ったとおりだな」


 マキトとスライムたちがじゃれ合う姿を見ながら、長老スライムは感心するような表情を浮かべていた。



 ◇ ◇ ◇



 山の河原で、とある冒険者パーティが休憩をしていた。魔法剣士の青年、魔導師の青年、そして剣士の男が待機をしている。

 そこにシーフの女が戻ってきた。


「突き止めたわよ。やっぱり泳がせておいて正解だったわ」

「そうか」


 魔法剣士の青年が頷き、楽しみで仕方がないと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「あの魔物使いの男の子は、スライムに連れられて森の奥へと消えたわ。なんとか吊り橋がある場所まで確認できたんだけど……」

「いや、それだけ分かれば十分だ。ご苦労だったな」


 魔法剣士の青年の言葉に、シーフの女は小さな笑みを浮かべる。

 昨日、山の中でシーフの女と剣士の男が、マキトたちのことを報告した後、再びシーフの女が動き出し、ずっとマキトたちを尾行していたのだった。

 もしかしたら自分たちの目的達成の材料となるかもしれない。魔法剣士の青年は自分の判断が正しかったと嬉しそうだった。


「スライムを脅して案内させる作戦は失敗だったが、むしろいい方向に動いてくれて良かった。これでスライムの隠れ里へ行き、俺の願いを叶えることができる」

「な? あの魔物使いの小僧、やっぱただもんじゃなかっただろ?」


 そう言いながら剣士の男が笑うと、シーフの女は深いため息をついた。


「えぇ。本当に悔しいけど、それについては私も同意だわ。昨日山の中であの子を見たときは、正直そこら辺にいる弱い男の子にしか見えなかった」

「だから言っただろ。魔物使いってのはそんなもんなんだよ」


 ケラケラと笑う剣士の男に、黙って聞いていた魔導師の青年が口を開いた。


「その言い方だと、他にも魔物使いを見たことがあるって感じですね? 以前、どこかで彼と会ったことが?」

「いや、あの小僧とは顔を合わせたこともねぇ。ただ……」


 剣士の男は目を細めながら青空を見上げる。


「俺がまだチビスケだった時、一度だけ他の魔物使いに会ったことがあるんだよ。女だったんだが、どこか不思議な感じだった。もっとも今は、単なるオバサンになっちまってるだろうけどな」

「ふーん。そんなことがあったんだ」


 座って頬杖をつきながら、シーフの女が興味深そうに呟いた。それに対して剣士の男は、再びケラケラと笑い出す。


「ま、ちょっとした思い出みてぇな感じさ。そんなことよりどうすんだ? 行くなら早くしたほうが良いと思うぜ?」

「そうだな。その場所へ案内を頼む。スライムの隠れ里へ乗り込もう!」


 魔法剣士の青年が立ち上がると、他の三人も表情を引き締める。

 その表情はまるで、狩りの獲物を見つけた猛獣を彷彿とさせるモノであった。


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