第百四十話 ラームが仲間になった日



 それは、数ヶ月前のスフォリア王国でのこと――

 マキトたちはとある森の中で、一匹のケガをしているスライムを見つけた。

 スフォリア王国では体が緑色をしているグリーンスライムのほうが圧倒的に多いのだが、体が青い普通のスライムも少なからずいる。だから目の前に普通のスライムがいること自体、何ら不思議なことではない。

 流石に放っては置けないかと思い、マキトたちの意見が一致し、そのスライムを保護することが決まった。特にこれといった予定もなく、時間に追われていない状況だったのも幸いした。

 そのスライムは毒に侵されている様子はなく、ラティの回復魔法だけで事足りる状態だった。命に別状はなく、目が覚めたら栄養をたっぷりとらせれば、自然と元気になるだろうとマキトたちは思っていた。

 スライムをゆっくり寝かせるべく、マキトたちは手頃な場所にテントを張る。

 野営のための薪を集めたり、食事のための狩りをしたりしているうちに、スライムが目を覚ました。


「ピィ……」


 スライムは、自分がどんな状態なのかが分からなかった。

 物凄く痛かった体は、今はただ疲れているだけだ。そして寒かった周囲は、何故かパチパチと爆ぜる音とともに暖かい。

 ようやく視界が広がると、焚き火の炎が見えた。それを取り囲む生き物の姿も視界に入る。


「くきゅー?」


 胴体の長い生き物が振り返る。スライムはその存在が、自分と同じ魔物であると瞬時に悟った。根拠は全くなかったが、何故かそう思えてならなかった。


『あ、目覚めたんだねー!』


 のそっ、と大きな獣姿の魔物が声をかけてくる。しかしその声はかなり高く、幼い子供のようだった。

 こんな魔物見たことがない。それがスライムの感想だった。

 そして――


「ただいま」

「ただいまなのですー。あ、マスター。スライムさんが目を覚ましてるのですよ」


 羽根を生やした恐らく魔物らしき何かと、おぞましい存在が現れた。

 スライムはそう思うと同時に、恐怖で身を震わせる。

 それを見たマキトは察した。恐らくコイツはヒトを恐れているのだろうと。何があったのかは知らないが、ケガをしていた理由は、それにも大きく関係しているのではないかと。

 その予想は見事なまでに当たっていた。

 ラティたちが聞いた話によると、このスライムは何もしてないのに、数人のヒトから傷つけられたのだ。それも笑いながら楽しそうに。

 大人しく倒されろ。お前みたいな弱っちい魔物は、俺たちに倒されるために存在してるようなもんなんだからよ。そう言って、たくさん蹴られたり殴られたり、魔法を放たれたりしたらしい。

 恐らく冒険者の類いだろうとマキトは思った。憂さ晴らしか、それとも新しい技を試そうとしたかは分からないが、その者たちにとって、スライムはちょうど良い相手と見なし、なんの悪びれもなく襲い掛かったのだ。

 魔物なんだから倒しても良い。俺たちは何も悪いことをしていない。心の底からそう思っていたのだろう。

 苛立ちを募らせるマキトだったが、ふとこうも思った。自分も人のことは言えないんじゃないかと。

 自分だって生きるために魔物狩りはしていた。ラティたちの力を確かめるために手頃な野生の魔物と戦わせたことだって、一度や二度じゃない。

 それでも戦意のない魔物を無暗に襲ったことはない。それは断言できるが、それは単なる言い訳に過ぎない。このスライムにそれを話したところで、理解などしてくれないだろう。

 そう思ったマキトは、ただ申し訳なさそうに押し黙るしかできなかった。

 ラティの通訳で、スライムからもハッキリと言われた。ヒトを信用できない。いくら同じ魔物がお前に懐いていたとしても、絶対に信じてやるもんかと。

 マキトは一言だけ、分かったと呟いた。

 それ以外にかける言葉が全く思い浮かばなかった。


「見張りは俺がしておく。お前たちはソイツとゆっくり寝てくれ」


 マキトはラティたちにそう言って、揺れ動く焚き火に薪を放り込んだ。



 ◇ ◇ ◇



 その真夜中、スライムがテントから抜け出そうとしていた。見張り役のマキトもこっくりこっくりと船を漕いでおり、今なら逃げ出せそうであった。

 恐ろしいヒトの傍になんか絶対いたくない。もうケガは治ってるんだから、遠いところまで行ける。

 そう思いながらスライムは、マキトたちの元から離れていった。

 真っ暗な森の中をピョンピョンと無我夢中で飛び跳ね、少しでも彼らの元から離れようと思った。

 今のところ追いかけてきておらず、どうやら諦めてくれたようだと、スライムはニヤリと笑みを浮かべた。そして何かにぶつかった。

 後ろばかり気にしていて、前をちゃんと見ていなかったのが仇となった。毛皮のような感触に、確かなる温もり。スライムは体を震わせた。

 早く逃げなきゃ、とにかく逃げなきゃ。

 スライムがそう思いながら、踵を返そうとした瞬間――


「グルルルルルルル……」


 怒りの形相でフォレストウルフがスライムを見下ろしてきていた。スライムを完全に敵と見なし、ひと吠えすると同時に飛びかかってくる。

 間一髪で避けたスライムは、そのまま慌てて逃げ出す。

 無我夢中で森の中を飛び跳ねていく。フォレストウルフも逃がすまいと追いかけてきていたが、やがて途中からその気配が消えた。

 上手く撒いたのか、それとも単に追いかける気をなくしてくれたのか。どちらにせよ助かったと思ったその瞬間、スライムの動きが鈍くなる。


「ピ……ピイィ……」


 あれだけ動けていたのがウソのように動けなくなり、とうとう倒れてしまう。

 当然と言えば当然だった。あくまでケガが完全に治っただけで、体力は回復しきれていなかったのだ。

 風が吹いてきた。凄く寒く感じた。暗くて何も見えない。もうオシマイなんだ。

 本気でそう思いながら、スライムが今度こそ死を覚悟したその時だった。

 ボンヤリとした明かりが近づいてきて、ガサゴソと茂みをかき分ける音が聞こえてきたのは。


「お、やっと見つけた」


 聞いたことがある声だった。とても恐ろしく思えていた存在の声。自分と同じ魔物をたくさん連れていたヒトの声。


「探したのですよ。無事で本当に良かったのです」


 ラティと名乗っていた妖精の声も聞こえた。しかしスライムは疲れ果てていて、彼女たちの安心した表情を見る余裕は全くなかった。

 すると体がふわっと浮き上がった。同時に確かな温もりを感じた。

 一体どうなってるんだろうとスライムが思ったその時、ラティの慌てた声が上から聞こえてきた。


「マ、マスター! そんなことしたら噛まれちゃうのです!」

「いいよ。そのときはそのときだ。とにかく早く、コイツを休ませないとな」


 なるほど。ヒトに抱えられているのか。スライムはようやく理解した。

 ゆらゆらと揺れながら、不思議な気分に浸っていた。恐ろしいと思っていた存在なのに、何故か嫌な気分じゃない。それどころか妙に安心できる。このまま目を閉じてしまっても大丈夫だと、そんな気がしていた。

 ヒトって恐ろしい存在じゃなかったのか。ヒトって皆、魔物である自分たちを攻撃してくるんじゃなかったのか。

 スライムはよく分からなくなっていた。

 そしてそうこうしているうちに、焚き火の音が聞こえてきた。


『おかえりなさーい』


 間延びしたフォレオの声が聞こえてきた。どうやら抜け出してきた場所に戻ってきてしまったようだとスライムは思う。

 やはり心地よかった。もう恐ろしさはどこかへ吹き飛んでいた。

 試しに身を委ねてみよう。思いっきり寝てみよう。そう考えているうちに、周囲の声が遠ざかった。

 そして、目が覚めた。

 ラティたち魔物が、自分に寄り添いながら眠っている。まだ夜は明けておらず、ひんやりとした空気が流れていた。

 焚き火のほうを見ると、マキトが一本の薪を放り込んでいた。

 やはり恐ろしさは感じない。むしろ近づいてみたいという気持ちすらある。最初の気持ちはどこへ行ってしまったのだろうか。

 自分に対して問いかけているうちに、スライムはマキトに近づいていた。殆ど無意識同然であり、気づいたときにはマキトの膝に乗っていたが、とりあえずそのまま見上げてみることにした。


「ん、起きちゃったのか?」


 見下ろしてくるマキトの表情は、とても優しそうだった。そして――


「俺が怖くないのか?」


 そう問いかけてきた。スライムはそんなマキトに対し、首を横に振った。

 スライムが更にマキトに体をこすりつけてくる。もう怯えてないと意思表示しているかのようだ。

 マキトはそんなスライムを抱きかかえ、夜空を見上げる。

 木の隙間から星が見えた。満天の星空だった。これが平原であれば、もっとたくさんの星を楽しむことができただろう。

 そう思いながら、マキトはスライムに話しかける。


「凄い星だな」

「ピィ……」


 スライムは反射的に鳴き声で返事をする。その後もずっと星を見続けた。

 やがて焚き火が崩れかけていることにも気づかずに――



 ◇ ◇ ◇



 ――がたっ!


「っ!!」


 突然の物音で、マキトは我に返った。

 そこは森の中ではなく、クラーレの家のベッドの中だった。


「キュウ……」


 ロップルの声が聞こえた。どうやら眠ったまま転がり、棚にぶつかったらしい。その時に乗せていた小物が音を立てたのだと、マキトは推測する。


「ピィ」


 ラームがマキトのベッドに飛び乗った。そしてマキトに体を摺り寄せる。まるで森の中でそうしたように。


「お前も……同じ夢を見たのか?」


 マキトが試しにそう尋ねてみると、ラームも鳴き声で返事をした。こんな偶然もあるのかと、マキトは思わず苦笑を浮かべる。

 いつの間にか眠っていただけでなく、まさか数ヶ月前の夢まで、同じタイミングで見てしまうとは。

 不思議な偶然だと思いつつ、マキトはラームの頭を優しく撫でる。


「あれからすっかり懐いてくれて、試しに仲間に誘ってみたら、喜んで頷いてくれたんだったよな」

「ピィ♪」


 そうだよ、と言わんばかりにラームは返事をした。


「俺がラームと名づけて一緒に旅をして、もう数ヶ月か……」


 再びマキトは思い出す。森の中で朝を迎え、魔物たちが目を覚ましたら、マキトがスライムをテイムしていた。ちゃんとラームという名前までつけて。

 魔物たちは驚き、そして喜んでいた。おかげですぐにラームも皆と打ち解け、この数ヶ月で強く頼もしく成長した。


「もっと、楽しい旅にしような」


 そう言いながらマキトは、ラームとともに再び横になる。冷たいゼリー状の体を撫でているうちに、自然と眠気が襲ってきた。

 マキトはいつの間にか眠っていた。気がついたら夜が明けていたのだ。

 外はすっかり明るくなっており、先に目が覚めていたラームが、早く外に出してよと言わんばかりに、扉に軽くたいあたりをしていた。


「はいはい。今出してやるから」


 マキトが扉を開け、そのまま一階へ降りて、ラームを外に出してやる。すると遊びに来ていた野生のスライムたちと、楽しそうにじゃれ合い始めるのだった。

 その様子を微笑ましそうに眺めていたマキトは、改めて朝の澄んだ空気を思いきり吸い込み、朝の空を見上げる。


「今日も良く晴れてるな……しばらくはこの辺を探索してみるか……」


 その前にまずは魔物たちを起こしてこよう。マキトはそう思いながら、家の中に戻ろうと踵を返したその時だった。


「ピーッ!!」


 後ろからスライムの鳴き声が聞こえた。振り返ってみると、一匹のスライムがマキトのほうにやってくるのが見えた。

 ラームや他の野生のスライムたちが呆然とする中、マキトはスライムの鳴き声に聞き覚えがある感じがしていた。


「アイツは……」


 ふと脳裏に蘇ってきたのは、山の中で一匹のスライムを助けた光景。その瞬間、マキトは近づいてくるスライムを見下ろしながら、目を見開いた。


「もしかして、昨日の?」

「ピー♪」


 呆然としながら問いかけるマキトに、スライムが嬉しそうに返事をする。自分たちが昨日助けたスライムであることは確かなようだが、何故急にこうして目の前に現れたのだろうか。


「つくづくスライムとは縁があるもんだなぁ……」


 マキトがそう呟く間も、スライムは嬉しそうな笑みを浮かべていた。


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