第百三十六話 力の代償



『……ねぇねぇ、マスター』

「なんだ、フォレオ?」

『ラティってあんなに強かったっけ?』

「アイツは強いよ。今日は特に気合い入りまくってるけど」


 目の前の光景を見つめながら、フォレオとマキトがそんなやり取りを交わす。他の魔物たちも、目を丸くしたり口をポカンと開けたりしていた。

 ――ずどおおおぉぉぉーーーんっ!!

 大きな爆発が地響きとともに起こる。既に何回か繰り返されており、マキトたちはもはや驚くこともなく、身を任せて揺られていた。

 変身したラティは、四人を圧倒していた。相手が束になってかかっても、ラティの足元にも及ばないほどであった。

 旅立ちから二年。ラティがどれだけ強くなったのかを、垣間見た瞬間であった。

 そんな中、フォレオは相手側のほうにも注目する。


『あのオジさんたちもよく戦うよね』

「そうだな。あれだけの攻撃を喰らって、よく立ち上がってるよ」


 正確には四人とも、オジさんと呼ばれるほどの年齢には達していないのだが、マキトも含めて特に誰もツッコむことはしなかった。当の四人も全く聞こえていないのが幸いであった。


「ラティ、その調子だ! 思いっきりぶっ飛ばせーっ!!」


 マキトが少し前に出ながら、両手をメガホンの代わりにして大声で叫ぶ。それを聞いたラティもまた、更に目の色が変わった。


「マスターが応援してくれてる……もっともっと頑張るのですっ!!」


 そしてラティは、再び両手にため込んだ大きな魔力玉を、四人に向かって思いっきり投げ込む。

 魔力玉は盛大な爆発を巻き起こし、四人はそれに巻き込まれて吹き飛ぶ。


「ひいいいぃぃーーっ!?」

「こ、こんなに強いだなんて聞いてねーぞっ!」


 既に髪の毛はチリチリ、服も皮膚も黒ずんだ状態となりながら、レジィとナッツが恐怖に怯える。

 そんな二人に対し、アーダンが苛立ちの表情を浮かべていた。


「くそっ、こんなんでビビってたら、勝てるもんも勝て……ぐぼぁっ!?」


 しかしそれが余計な隙を生み出す結果となり、アーダンは更にラティが繰り出した魔力玉を喰らってしまう。


「よそ見をするなアーダン! 本当に負けちまうぞ!」

「うるせぇっ! テメェなんかに言われなくても分かってらぁっ!」


 ガルダの叱責を聞いているのかいないのか、アーダンはすぐさま立ち上がり、ラティに向かって真正面から突進する。そこに再び魔力が撃ち込まれ、アーダンは躱すこともままならず、再び後方へ吹き飛ばされてしまった。

 その瞬間、ガルダが既に飛び出していた。まるでアーダンが再び吹き飛ばされることを予測していたかのように。

 しかし、ラティは冷静な表情を崩すことはなかった。

 わずかな動きで勢いに乗ったガルダの攻撃を躱し、魔力を込めた拳で、ガルダの鳩尾を叩きつける。


「がは……っ!」


 凄まじく重たくて鈍い痛みが遅い、ガルダは呼吸が出来なくなる。気がついた時には吹き飛ばされ、地面を転がっていた。


「いい加減諦めるのです! 何度やっても同じことなのです!」


 両手に魔力を宿しながら立ちはだかるラティは、良き一つ乱していない。凛とした声が響き渡り、ガルダとアーダンは悔しさで表情を歪ませ、レジィとナッツは絶望に落とされたかのように震えていた。

 そしてそんな様子を、フォレオの頭の上で見ていた小さな飛竜は、呆然とした表情を浮かべていた。


「キュゥイ……キュイキュイキュゥイ……」

『ラティが強くなったのも、マスターのおかげなんだよー』

「キュイッ?」


 誇らしげに話すフォレオに、小さな飛竜が驚きの表情を浮かべ、隣にいるマキトを見上げる。その様子に他の魔物たちも、嬉しそうな笑顔を見せ始めた。


「キュウキュウッ!」

「くっきゅー!」

「ピィッ!」

『そうだよ。ロップルもリムも、それにラームも……みんなマスターのおかげで、ここまで強くなれたんだよ』


 フォレオの言葉に、他の魔物たちも頷く。マキトはラティを応援しており、今の言葉は聞こえていない様子であった。

 小さな飛竜の視線は、そんなマキトに対して向けられていた。

 本当に慕われているのだと、改めて分かった。同時に興味を抱いた。確かにマキトというヒトは、これまで見てきたヒトとはどこか違う。小さな竜はそんなふうに思っていた。


「くそっ! このままじゃ……」


 アーダンが両手の拳をギュッと握り締める。無意識に思ってしまったのだ。どう頑張っても勝てないと。

 それはつまり、自分の負けを認めるということだ。

 許すわけにはいかない。それだけは絶対に許してはいけない。魔物如きに跪く自分の姿を想像してしまったからこそ、このまま終われるかという気持ちが、余計に募ってくる。

 ガルダも同じ気持ちであった。なんとしてでも目的を達成する。その一心でここまできたのだ。

 もう後戻りはできない。後戻りをするつもりもない。そんな考えを頭の中で過ぎらせながら、ガルダはジッと立ち尽くして俯いた。


「もう、コイツを使うしかないか」

「ガルダさん?」

「な、何なんスか、その綺麗な丸い球みたいなのは……」


 ガルダが取り出した宝玉に、レジィとナッツが目を丸くする。昨晩、キリュウから授かっていたことを、二人は知らなかったのだ。

 そんな二人の問いかけに答えることなく、ガルダはアーダンに視線を向ける。


「アーダン、もう強がっている場合じゃない。今こそアレを使う時だ!」

「……そうだな。今回ばかりは、お前の意見に従おうじゃねぇか」


 アーダンは素直に頷き、ポケットから宝玉を取り出す。その姿を見て、レジィとナッツは更に驚いた。

 あのアーダンが、人の意見に従うなんて、と。


「覚悟しろよ。これが俺たちの奥の手だ!」


 アーダンがそう言い放ち、ガルダとともに宝玉を空にかざす。

 そして――宝玉が真っ赤に光り出した。


「ぐっ……ぐおおおぉぉーーーっ!」

「がああああぁぁーーっ!!」


 凄まじい叫びとともに、アーダンとガルダの目が真っ赤に光り出す。まるでそれは悪魔のよう。否、見えない悪魔が、二人に憑りついているかのようであった。

 やがて宝玉は、粉々に砕け散ってしまう。真っ赤な光もおさまり、二人は両手をだらんと下げて脱力する。

 一体、何が起こったのだろうか。

 マキトも魔物たちも、そしてラティも、突然の出来事に目を丸くしていた。

 そんな中、レジィとナッツが戸惑いながら、二人に話しかける。


「ガ、ガルダさん……一体どうして……むぐぅっ!?」


 レジィがガルダの方に触れようとした瞬間、ガルダの大きな手が、レジィの頭を捕らえる。そして――


「むっ……むぐぅぁぁぁああ―――」


 ぶしゃっ――という音だけが響き渡った。真っ赤な鮮血が飛び散る中、残された胴体がその場に倒れ込む。

 握り潰された頭は、もはや原形を留めていない。胴体が動くこともない。レジィの生命活動は、ガルダによって、一瞬にして幕を閉じたのだった。


「レ、レジ……な、なんで……」


 両膝両手をつきながら、ナッツが声を震わせる。


「夢だ……そうだよ、これは悪い夢なんだ。そうに決まってる。なぁ、そうだと言ってくれよ! 早くこの夢から俺を目覚めさせてくれよ!!」


 涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、ナッツが叫ぶ。

 心のどこかで分かっていた。これが紛れもない現実であることを。必死に自分を保つために、現実から逃げる言葉を発していることも。


「ナッツ……」


 突然、声をかけられた。見上げると、目を真っ赤に光らせたアーダンがいた。

 もしかしたら、名前を呼ばれたのはこれが初めてではないかと、何故かナッツはそんなことを考える。

 すると――


「うるせぇ」


 アーダンがナッツの頭を掴み、そのまま持ち上げた。


「ぐっ……ががっ、や、やめ……」


 ミシミシときしむ男が響き渡り、そして――レジィと同じ末路を辿った。

 鮮血とともに、生命活動を終えた胴体がドサッと地面に落ちる。たくさんの返り血で真っ赤に染まったまま、アーダンとガルダはラティを睨む。


「な、なんなのですか、今のは……」


 使用した宝玉に何かがあると察してはいたが、それでもラティは、そう言わずにはいられなかった。

 後ろに控えているマキトたちは、あまりの出来事に言葉を失っている。

 仲間に手をかけたとか、一体何を考えているのだとか、そんなことすら頭の中にはない。ただ、ひたすら驚き戸惑うばかりであった。


「なんだかすっげぇ気分が良いなぁ」

「あぁ、俺もだよ。最高の気分とはこのことだな」


 ニヤニヤと笑うアーダンとガルダに、ラティとマキトたちは戦慄する。

 完全に狂っている。もはやヒトでも魔物でもない悪魔に見えた。

 マキトは二年前の旅立ち直後を思い出す。盗賊たち三人組の成れの果てのこと。まるであの時のような感じだと、そう感じてならなかった。


「やっちまおうか」

「あぁ」


 アーダンとガルダがそんなやり取りをした直後、二人揃って飛び込んできた。

 今までとはけた違いのスピードに、ラティは反応すらできない。このまま相手の攻撃を喰らってしまうと思ったその瞬間――


「キュウッ!」


 ロップルが防御強化を発動。間一髪、ラティの体にオーラが包み込まれ、二人が繰り出した拳を砕かせる。


「ぐわっ!」

「が……くのっ!」


 二人が苦悶の表情を浮かべた。それを見たマキトは、ラティの勝利を確信した。今までこれで倒れなかった者はいなかったからだ。

 しかし――


「うおおおぉぉぉーーっ!!」

「らああぁぁっ!!」


 アーダンもガルダも、再度ラティに立ち向かってきた。

 ラティは二人の攻撃を躱し、即座に魔力玉を二人目掛けて投げ込み、それが見事命中する。

 さっきと同じく、二人揃って吹き飛ばされたが、今度はすぐに再び立ち上がる。そして叫び声とともにラティ目掛けて突進してくるのだった。


「な、なんだよこれ……」


 マキトは呆然としながら呟いた。

 既にアーダンもガルダも、拳や足は変な方向へ折れ曲がっており、普通なら立ち上がることすら困難となっているハズであった。

 しかし、二人は立っている。それどころかスピードもパワーも衰えておらず、むしろ増しているようにすら思えてしまう。

 これもやはり、さっき二人が使用した宝玉の力なのだろうか。

 マキトがそう思った瞬間、それは聞こえてきた。


「グオオオォォォーーーーンッ!!」


 空から重々しい咆哮が解き放たれた。見上げるとそこには、翼を大きく羽ばたかせるドラゴンの姿が。

 アーダンとガルダも動きを止め、ゆっくりと降りてくるドラゴンを凝視する。

 地面に近づくと、背中に誰かが乗っているのが見えた。

 ドラゴンが着地すると同時に、背中の人物も颯爽と飛び降りてくる。

 耳の形が歪なことに加え、彼の頭に二つのツノが生えている。まるで悪魔を連想させるかのような姿をしている男は、魔人族であるようだとマキトは思った。


「どうやら無事のようだな。後は俺に任せてくれ」


 魔人族の男は、不敵な笑みを浮かべながらアーダンとガルダに立ち向かう。

 マキトはその後ろ姿を見て、奇妙な感触を覚えた。まるで、前にどこかで会ったような感触を。

 それが一体どこだったのかが思い出せない。すれ違いさまに見かけた、という可能性も十分あり得るが、たったそれだけでここまで思い出しかけるほどの印象を抱くとも思えない。

 やはり、どこかでちゃんと関わった人物なのだろうか。

 マキトがそんな考えを過ぎらせていたとき――魔人族の男は動き出した。


「すぐ楽にしてやる!」


 魔人族の男は、宝玉を空に掲げた。宝玉は太陽の光に反射し、やがて緑色の光を解き放つ。そしてその瞬間――


「ぐっ……ぐわああぁぁっ!?」

「がはあぁぁぁーーっ!」


 アーダンとガルダが、揃って苦しそうな叫び声を上げ始めるのだった。

 同時に赤い何かが体から抜けていく。目の色も元に戻り、やがて二人はゆっくりとその場に倒れる。そして――二人の体から、大量の血液が流れ出していた。

 アーダンもガルダも動かない。まさにピクリとも。

 果たしてそれが何を意味しているのか。マキトたちは無意識に、ある可能性を考えていた。


「終わったよ。彼らの命は尽きた」


 魔人族の男が淡々と言う。


「彼らは、とある危険な魔法具を使って力を得たんだ。その代償がこれさ」


 アーダンたちが使用した宝玉は、自分の命を引き換えに一定時間、爆発的に力を増大させるという、まさに魔のアイテムだった。

 一度使ってしまったら最後、狂乱の如く敵味方関係なしに大暴れしてしまい、最終的には力に呑まれて自滅してしまう。そんな効果があった。


「俺が使ったこの魔法具は、禍々しい魔力を浄化させる作用があるんだ。しかし、いくら魔力を浄化できたとしても、既に彼らは、魔力によって命を蝕まれてしまっていた。仮に彼らが例の魔法具を使った直後だったとしても、恐らく結果は変わらなかっただろうな」


 魔人族の男の語りに対し、マキトは問いかける。


「アイツらの死は避けられなかったってこと?」

「そんなところだ。キミがどう思おうが、そこだけは確かだろう」


 そう言われたマキトだったが、特に悔しさも悲しみも感じてはいなかった。親しい間柄ならまだしも、彼らは全くの無関係なのだ。おまけに、魔物を無理やり奪おうとする悪さを秘めていたとなれば、どうしても良い目では見れない。

 ショッキングな光景を見て、驚きと怖さを味わった。むしろそっちのほうが、気持ちとしては大きかった。

 この二年間の旅で、それ相応のモノを見てきたつもりだったが、まだまだ足りない部分が多いのかもしれない。そうマキトは思うのだった。


「……にしても、まさかこんなところで、キミたちと再会するとはな。元気にしているようでなによりだよ」


 魔人族の男がマキトに笑いかける。その表情を見た瞬間、マキトの記憶の扉が大きく開かれた。

 二年前――正確には一年半と少し前ぐらいに、ある場所で出会った男。

 自分たちのことを、冒険者としてはまだまだであり、ようやく半人前になれた程度だと評した、ドラゴンを連れた魔人族。

 その時に見下ろしてきた笑顔と、今の笑顔が一致したのだった。


「確か、スフォリア王国へ行く国境で会った……」

「そうそう、あの時だよ。どうやら思い出してくれたようだな」


 魔人族の男が嬉しそうにすると、ロップルとラティもハッと気づいたような反応を示した。


「キュウッ、キュウッ!」

「思い出したのです。小さなドラゴンちゃんを連れていた人なのです!」

『へぇ、この人がそうなんだー』

「くきゅー」

「ピィ」


 フォレオとリム、そしてラームは、マキトたちから話に聞いていただけであり、直接の面識はなかった。

 魔人族の姿をちゃんと見ること自体初めてであり、三匹は興味深そうに彼のことを見ている。

 一方そんな魔人族の男は、首を傾げながらラティを見る。


「……済まない。そちらのお嬢さんとは、初めて会うような気がするのだが?」


 首を傾げる魔人族の男に、ラティは慌てて今の自分の状態を思い出す。まだ変身を解いていないことを忘れていたのだ。


「あぁ、ゴメンナサイなのです。わたしなのです」


 そしてラティは変身を解き、元の小さな妖精の姿に戻った。魔人族の男は完全に驚いたらしく、口をポカンと開けていた。


「……驚いたな。大人に姿を変える妖精のウワサは聞いていたが……全く、キミたちには本当に驚かされるよ」


 魔人族の男は首を横に振りながら苦笑する。そしてマキトは、魔人族の男に向かって姿勢を正し、真剣な表情を見せる。


「えっと、お久しぶりです。また会えるなんて驚きました」

「……おぉ、そうだな。俺も同じ気持ちだよ」


 マキトが会釈しながら挨拶すると、魔人族の男は、やや戸惑う様子を見せながらも頷いた。

 挨拶としては普通であったが、それでも驚いてしまったのだ。

 そして改めて、久々に再会したマキトの姿を見ながら、魔人族の男は思う。


(前に会ったときは、とても幼く見えたというのに……なんだかんだで、それなりに成長しているということか)


 正直なことを言えば、マキトがひと回り大きく見えたのだ。背丈が伸びたというのも確かにあるのだろうが、それだけではない。

 魔物たちとともに、冒険者活動を続けてきた証拠が、こうして現れている。冒険者の先輩として、後輩が育ってきていることを喜ばないワケがない。

 同時に、気合いを入れ直す良いキッカケにもなる。下から追いかけてくる存在に追い抜かれたくないというのも、先輩として当然の反応の一つだからだ。

 期待値が高い後輩ならば、尚更だと言える。


「そう言えば、まだキミたちには名乗ってなかったな」


 ここでようやく魔人族の男は、以前も今も、ちゃんと自己紹介していなかったことに気づく。

 若干の恥ずかしさを交えた苦笑を浮かべながら、魔人族の男は告げる。


「俺の名はディオン。オランジェ王国を拠点としているドラゴンライダーさ」


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