第百十四話 リターンマッチ



 ザワザワと、木の葉の揺れる音だけが聞こえる。木の幹に軽くもたれ、立ち尽くしたままジッと目を閉じるラッセルは、ずっと微動だにしていない。

 明かりもない暗闇。周囲に闇の魔力を漂わせていることも相まって、そこに誰かがいるということに気づく者が、果たしてどれだけいるだろうか。もっともそれ以前に、途轍もない不気味さによって、誰もその近辺に近づこうとすらしない可能性が高いだろうが。

 不意にその目が開かれた。そして次の瞬間、地面を歩く音が聞こえてくる。

 それでもラッセルは慌てる様子も周囲を見渡すこともしない。ただひたすら、その人物が近づいてくるのを待っていた。

 小さうニヤリと笑みを浮かべる。まるで誰が来るかが分かっているかのように。


「ほう……まさか生きていたとはな」


 独り言のようにラッセルは呟く。


「オレの強さは分かってるハズだろう? 同じことを繰り返すつもりか?」

「繰り返すつもりなんかないさ」


 声とともに、茂みから一人の少年が姿を見せる。マキトに続き、四匹の魔物たちが表情を引き締めながら出てきた。


「今度こそ負けないのです!」


 ラティがビシッとラッセルに指をさしながら宣言する。ラッセルはそれに対して特に反応を示さず、視線だけを斜め上に向け、人影が去るのを見つけた。


「なるほど……協力者のおかげで、オレの居場所はすぐに分かったということか」


 恐らくレドリーあたりが協力したのだろうと、ラッセルは思う。しかしそれは別に驚くことでもなかった。隠密隊があちこちで動き回っていることは、既に分かり切っていること。これぐらいは容易く予想できることであった。

 ラッセルは木の幹から体を放し、ゆっくりと歩きながらマキトに視線を向ける。


「生憎だが、もうオレはお前たちのことなど……む?」


 ラッセルがため息交じりにいう名か、フォレオが前に躍り出る。そして――


「これは……」


 フォレオの周囲に魔力が集い、やがてそれがフォレオの体を光らせ、みるみる姿形を変えていく。流石のラッセルも驚きを隠せないでいた。

 並みならぬ魔力量。とてもそこら辺にいるような、普通の魔物とは言い難い。少なくともラッセルの記憶上、出会ったことがない魔物であった。

 額に印があることは既に確認している。マキトが新しくテイムして来た魔物であることは明白であった。


(オレがヤツらを谷底を突き落としたのが昨日……あれからまだ一日ちょっとしか経っていないというのに……一体ヤツらに何があったっていうんだ?)


 額の印からして、マキトが新しく従えた魔物であることは分かる。しかし目の前の魔物は、そんなに簡単に出会える種類とは思えない。なによりあの谷底に落ちて何の問題もなさげというのも気になる。

 やはり他にも協力者がいる。そう考えるのが妥当だろうとラッセルは思う。


(どうやらオレはヤツらのことを、少しばかりナメていたようだな)


 同時にどこかワクワクした感情が芽生えていた。これが何を意味するのかは、今のラッセルには分からない。

 ただ一つだけ言えることがあるとすれば――


「良いだろう。そこまで倒されたくば、存分に叩き潰してくれる!」


 語尾を強めながら言った瞬間、ラッセルの周囲から闇の魔力が吹き荒れる。勝利か死か。もはやこの二つ以外の道は残されていない。

 それはマキトたちも、無意識ながらに感じ取っていた。それほど後戻りが許されない戦いに身を投じたのだと。


「グルゥォオオオオォォーーーッ!!」


 大型の四足歩行の獣姿となったフォレオが、凄まじい雄たけびを上げる。その衝撃で周囲の茂みや木の葉が吹き飛ばされんばかりになびくが、ラッセルはニヤリと笑みを浮かべるばかりで微動だにしない。

 ラッセルの目がギラリと開く。その真っ赤な眼光がフォレオを捉え、面白い獲物が飛び込んできたとワクワクしていた。

 そしてそこに、ラティもすかさず魔力を吸収し、トランス能力を発動する。いつもより気合いが入っているためか、いつも以上に噴き出している魔力のオーラの勢いが凄まじく見える。


「言っておきますけど、前のようには……」


 ラティは呟きながら身構え――


「いかないのですっ!」


 思いっきり地面を蹴り出し、ラッセルへと向かって行くのだった。

 森の中を凄まじい爆音が響き渡る。木々を伝って移動するレドリーがそれを耳にした瞬間、とある木の幹にシュタッと着地した。

 暗闇ではあるが、その方向で何が起こっているのかは遠巻きながらに分かる。目を微かに細め、再びレドリーは動き出した。


(気をつけろよ、マキト君!)


 森の木々を伝って移動しながら、レドリーは心からそう願っていた。



 ◇ ◇ ◇



「せえぇいっ!!」


 掛け声とともに炎の剣が振り下ろされ、フォレストベアーが炎に包まれる。斬撃と爆炎が重なり合い、フォレストベアーは瞬く間に絶命した。

 額の汗を拭い取りながら、グレッグが剣を鞘に納める。そこにセシィーと一人の青年剣士が駆けつけた。


「やったなグレッグ! 俺たちのほうも、今しがた仕留め終わったぜ」


 青年剣士が右手親指を立てながら、ニカッと笑顔を見せる。


「いやー、まさか嬢ちゃんがあそこまで活躍するとは、正直思わんかったわ」


 青年剣士が後ろに控えているセシィーに視線を向けると、セシィーは瞬時に顔を真っ赤にしながら、盛大に首を横に振る。


「そ、そんなことありませんってば!」

「いやいや、フツーにあるよ。おかげで俺も苦労せずに済んだからな。このまま俺たちのパーティに入ってほしいくらいだぜ」


 それを聞いたセシィーは、再び慌て出した。


「も、もうっ! 冗談ばっかり……」

「冗談じゃないとしたら?」


 グレッグの淡々とした声が、無理やり作り出したセシィーの笑顔を止める。そしてゆっくりと視線を向けてみると、グレッグが真剣な表情でジッとセシィーの顔を捉えていた。


「コイツの言ってることが冗談なんかじゃなく、本気だったとしたらどうだ?」


 セシィーはグレッグの言葉を理解するのに、数秒を費やした。そして改めて青年剣士のほうを見ると、無言のまま笑みを浮かべていた。からかいではない、本気の眼差しで。


「ちなみに俺も同意見だ。セシィー。改めてリーダーとして言う。お前さんを俺たちの仲間として、是非とも正式に迎え入れたい」


 グレッグの誘いの言葉にセシィーの表情は固まった。混乱しているのだ。まさかこんなところで誘われるとは思わなかったからだ。


「お前の実力は確かだ。そしてまだまだ伸びていけるだろう。俺たちと一緒に、冒険者としての上を目指してみないか?」


 要するに自分は認められた。そこだけはセシィーにも分かったが、それでも戸惑わずにはいられない。そこに青年剣士が声をかける。


「同性の話し相手とかなら問題ねぇぞ? 里のほうで炊き出しを手伝っている女の仲間がいるからな。あともう一人、ケガで寝込んでる男の仲間もいる。嬢ちゃんは可愛いからな。ソイツもすぐに元気になるだろうよ」


 自分なりのフォローをしつつ、青年剣士はグレッグに視線を向ける。


「里で待ってる仲間には、グレッグが話をつけるんだろ?」

「当然だ。リーダとしてそれぐらいはしなければな」


 青年剣士も賛成の意志を見せ、グレッグも強く頷いた。後はセシィーの返事次第ということになる。

 しかしセシィーはすぐに返事を出せず、あわあわするばかりであった。

 それを見かねたグレッグは、苦笑しながらセシィーに言う。


「まぁ何だ。セシィーのほうで少し考えてみてくれ。別にこの戦いが終わったら、すぐ旅立つってワケでもないからな」


「……分かりました。よく考えてみます」

「あぁ!」


 セシィーがとりあえずそう答えると、グレッグは嬉しそうに頷いた。

 その時、近くで派手な爆発音が聞こえてきた。


「な、なんだっ!?」


 青年剣士が剣の柄に手を添え、身構えながら警戒する。

 そこに近くを通りかかった冒険者たちの会話が聞こえてきた。


「あっちには行かねぇほうが良い。魔物使いのガキがラッセルと戦ってるんだ!」

「おいおいヤベェだろ、それ。死んじまうんじゃねぇか?」

「死にたくねぇなら俺たちも関わらねぇことだ。早く離れようぜ」

「……そうだな」


 そう言って冒険者たちは、そそくさと里のほうへ向かって走っていった。その一部始終を聞いていたグレッグは、顎を手に乗せる仕草を見せる。


「魔物使いの少年……あの時に話したヤツか」

「ソイツが今、ラッセルと戦ってるってことなんだな?」

「らしいな」


 青年剣士の問いに生返事同然で答えるグレッグは、どこか焦りを抱いているようにも見えた。


「あ、あのっ! グレッグさん!」


 そこにセシィーが、意を決したかのような表情で呼びかける。


「その人も先日、私がお世話になった人なんです! だから……」

「応援に行きたいんだろ? 俺も今、同じことを言おうとしていたところだ」


 グレッグの返事にセシィーはポカンと口を開く。グレッグは頭をガシガシと掻きむしりながら言った。


「少年の事情なら俺もウワサながら耳にした。元はと言えば、少年が昨日森へ出るキッカケを作ったのはこの俺だ」

「なら行こうぜ。モタモタして手遅れにでもなったら、シャレにならねぇ」

「……あぁ」


 グレッグが頷いた瞬間、再び爆発音が鳴り響く。三人は改めて表情を引き締め、爆発音の方向へ全速力で走り出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



 マキトたちの戦いは続いていた。前回はいいようにあしらわれていたが、今回は善戦していた。

 それも全てはフォレオのおかげといっても過言ではない。ラッセルの魔法を全て受け止めていながら、殆どダメージがないのだ。

 今のフォレオは大量の魔力を集めて姿形を大きく変えている。魔力という名の粘土でコーティングしていると考えれば分かりやすい。つまり魔力が強力な鎧の役割を果たしているということだ。ラッセルの魔法によるダメージがないのは、それだけ強い魔力を集めたということになる。

 ラティのトランス能力の場合は、魔力をエネルギーとして直接体内に取り込んでいるという点が大きく異なる。

 つまり生身の体そのものを一時的に変えているだけなので、鎧は装備されている状態ではなく、ラッセルから魔法を受ければ、大ダメージは避けられない。

 それこそ今までは、ロップルの能力だけが防御の要だった。そこに攻撃と防御、二つの役割を果たすカードが増えてくれた。おかげでラティにも、大きな攻撃をぶつけるチャンスを見出せるようになったのである。


「くっ……しぶといな」


 前回は余裕をかましていたラッセルの表情が、明らかに苛立ちを見せている。心なしか操っている闇の魔力も、徐々に乱れているように見えた。

 縦横無尽に動くフォレオを止められず、隙を突いてラティに魔法を命中させたかと思いきや、ロップルの防御強化が綺麗にそれを打ち砕く。前回とはまるで違う存在に感じてならなかった。

 一方でスラキチの存在も、なかなか厄介な存在だとラッセルは思った。

 変身しているラティやフォレオに比べれば、その攻撃力は圧倒的に小さい。奇襲を仕掛けられても対処は容易だった。しかしそこを狙って、ラティとフォレオが体勢を立て直し、次の一手を仕掛けてくる。

 結果的にスラキチの存在が、ラティたちを有利に動かしているのだ。


「ピキィ……」


 スラキチが悔しそうにラッセルを睨みつける。またしても攻撃を避けられた。

 ラティやフォレオがしっかりと次の一手に繋げているため、決してムダにはなっていないのだが、それでもスラキチは悔しいのだろう。自分の攻撃が決まらないのがもどかしいようであった。


「落ち着け。まだ攻撃のチャンスはあるよ」

「ピィ……」


 マキトがスラキチに声をかけるが、スラキチはふてぶてしい表情のままだった。


「マスターっ!!」


 ラティの叫び声で、マキトは今の状態に気づき、目を見開いた。大きな闇の魔力が自分に迫って来ていたのだ。

 見事ラッセルに隙を突かれてしまった。迂闊としか言いようがない。ロップルもラティのほうに回っており、防御強化は間に合わないだろう。

 もはやこれまでかと、マキトが諦めかけたその時――


 ――――どおおおぉぉーーーーんっ!!


 後ろから大きな炎の塊が飛んできて、爆発音が鳴り響く。闇の魔力は綺麗に打ち消された。

 マキトが戸惑いながら振り向くと、そこには顔見知りの少女が立っていた。


「危ないところでしたね」

「セシィー……」


 息を切らせながら笑いかけるセシィーに、マキトは呆然としながら名前を呟く。一方ラッセルは苛立ちの表情を浮かべ、忌々しそうに口を開いた。


「ちぃ、仕留めそこなったか!」

「ガアアアァァッ!!」

「――っ!?」


 今度は自分が隙を作り出してしまった。ラッセルがそれに気づいた時には、既にフォレオが特攻を仕掛けていた。

 瞬時に闇の防壁を発動し、フォレオの体当たりは退ける。しかしそこで防壁は打ち砕かれ、そこにラティが膨大な大きさの魔力を解き放とうとしていた。


「これで――」


 ラティの両手から眩い光の魔力が一瞬凝縮し――


「オシマイですっ!!」


 解き放たれた凄まじい魔力が、ラッセルを瞬く間に包み込む。叫び声を上げる間もなく、爆発音のみがその場に鳴り響いた。

 ラッセルは吹き飛ばされ、後ろの大木に激突する。そのままドサッと地面に落ちて沈黙するのだった。

 これでようやく勝利を掴んだと思った、その時だった。


「ぐっ……ぐうぅぁああああーーっ!!」


 ラッセルが苦しそうに叫び出す。同時に闇の魔力が放出されていった。

 その魔力は飛び散って消えるのかと思いきや、みるみる一つの球体となって集まっていく。まるで魔力そのものが意思を持っているかのようだ。

 形成された漆黒の球体が動き出し、マキトたちに向かって一直線に迫る。しかし魔物たちも黙ってはおらず、すぐに動き出していた。


「ガアアァァーーッ!!」

「フォレオ!!」


 漆黒の球体をフォレオが単身で受け止める。流石に威力が凄いらしく、四つ足で力いっぱい踏ん張ってはいるが、徐々に押されていた。


「キュウッ!!」


 ロップルの能力が発動し、フォレオに防御強化のオーラを纏わせる。ダメージを大幅に抑えられてはいるように見えるが、フォレオ自身に苦悶の表情が浮かんでいる以上、あまり長くは持たないだろうとマキトは思った。


「ラティ、スラキチ、頼むっ!!」


 マキトが叫ぶと同時に、二匹は動き出した。スラキチの炎とラティの魔力が同時に放たれて重なり、一つの大きな弾丸となって漆黒の球体に迫っていく。

 弾丸と漆黒の球体がぶつかり合い、まるで風船が割れたかのように漆黒の球体が液状化して飛び散った。

 そのまましばらく漂っていた闇の魔力は、徐々に自然の魔力に溶け込まれ、やがて完全に消えた。

 しんと静まり返った森の中。ラティとフォレオが同時に魔力を開放し、それぞれ元の姿に戻る。

 しかし――そこでドサッと倒れる音が響き渡った。


「フォレオ!」


 マキトが駆け寄ると、フォレオが弱弱しい表情で目を開ける。


『ますたー……ぼく、やったよ……』


 フォレオの声が聞こえる。マキトはフォレオを抱き上げながら言った。


「ありがとうフォレオ。後はゆっくり休んでてくれ」


 マキトの言葉にフォレオは満足そうな笑みを浮かべ、そのまま目を閉じる。安らかな寝息を立てているところに、ラティがそっと手を触れた。


「たくさん魔力を消耗してますが、恐らく命に別状はないと思うのです」

「そ、そうか……良かった」


 マキトが安堵の息を漏らしたところに、後ろの茂みからガサガサとけたたましい音が鳴り響く。

 振り向いてみると、二人の冒険者の青年が慌てた様子でやって来た。


「無事だったか!」

「あそこで倒れてんのは……ラッセルか? スゲェな、倒しちまったのか?」


 グレッグと青年剣士の二人が茂みから出てくる。グレッグを見て数日前にあった人だとマキトが思い出しているところに、セシィーが声をかける。


「ラッセルさんから闇の魔力は解放されました。もう大丈夫かと思います」

「そうか。じゃあひとまず里まで運ぼう」

「よし、俺がおぶって行くよ」


 気を失っているラッセルを、青年剣士が背負って歩き出す。グレッグもそれに続こうとしたところに、マキトが声をかけた。


「あのっ! グレッグさん……でしたよね?」

「おう。お前たちが心配で様子をを見に来たんだ。無事でよかった」

「セシィーのおかげです。ありがとう。本当に助かったよ」

「そんな……私はただ夢中だっただけですから」


 マキトに礼を言われたセシィーは、照れくさそうに視線を逸らしながら笑う。そんな彼女の様子にグレッグが笑みを浮かべていると、奥のほうでマキトの魔物たちが集まっている姿が見えた。

 一匹だけ少し離れた位置に佇んでおり、それが妙に目についた。


「ピィ……」


 スラキチが浮かない顔をして、俯きながら呟くような鳴き声を出す。その姿をグレッグは思うところがありそうな表情で見つめるのだった。


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