第九十九話 届かざる攻撃



 森の中で凄まじい爆発音が響き渡る。その中心部には、マキトたちとラッセルの姿があった。


「はあああぁぁーーーっ!!」

「小賢しい!」


 変身を遂げたラティとラッセルがぶつかり合う。凄まじい魔力が火花となって、バチバチと音を鳴らせていた。

 押されているのは、明らかにマキトたちのほうであった。

 歯を食いしばって必死に立ち向かうラティに比べて、ラッセルはどこまでも余裕そうな笑みを浮かべていた。

 いや、紛れもなくラッセルは、まだまだ戦う力を大幅に残している。マキトはそう思っていた。

 変身したラティが真正面からぶつかっていき、隙を突いてスラキチの攻撃を仕掛けていく。そこから更なる隙を見出し、ラティとスラキチが一気に畳みかける。

 それが現時点で取れる最良の手段だと思い、マキトたちは立ち向かった。

 しかし現実は、そうそう上手くいくモノではなかったのだ。


「ピキィーッ!」

「フン!」


 木の上から急降下してきたスラキチを、ラッセルは最初から分かっていたかのように、涼しい表情で払いのける。

 スラキチが吹き飛ばされ、木に激突したのを見ると、ラッセルは呆れを込めた笑みを浮かべた。


「雑な不意打ちだな。いくら亜種とは言えど、所詮はこの程度か」


 うめき声を上げるスラキチに対し、ラッセルが魔法を放とうとしたその時――


「させないのです!」


 ラティが凄まじいスピードでラッセルに向かった。しかしそれもまた、ラッセルは退屈そうにため息をつきながら、片手でラティの拳を軽々と受け止めてしまう。

 そしてそれを払いのけてラティの体勢を崩し、ラッセルは闇の魔力を纏った拳を叩きこむ。

 吹き飛ばされたラティが、凄まじい砂煙を巻き起こす。ダメージが大きいのか、すぐには立ち上がれそうになかった。


「忌々しい……どいつもコイツも弱すぎる」


 改めて深いため息をついた後、ラッセルはギリッと歯を噛み締める。


「こんな軟弱なヤツらに奪われたというのか……オレは自分自身が許せんっ!」


 叫ぶと同時に、闇の魔力が吹き荒れる。凄まじくラッセルが苛立っていることがよく分かる。

 しかしマキトには、どうにも苛立っている理由が分からないでいた。

 腕で砂埃が目に入らないようガードしつつ、マキトはラッセルに向かって叫ぶように問いかける。


「なぁ、教えてくれ! さっきから言ってる『奪った』ってのは、一体全体どういうことだよ!?」

「マスターの言うとおりなのです! わたしたちは何も奪ってないのです!」


 なんとか起き上がりつつ、ラティも叫ぶ。するとラッセルは更に怒りを募らせ、表情を酷く歪ませた。


「キサマら……この期に及んでシラを切るつもりか? いい度胸をしているな」

「いや、いい度胸も何も、知らないモンは知らないんだって!!」


 それは紛れもない本音だった。なんとかラッセルから事情を聞ければと、マキトは思っていた。

 しかし当のラッセルは、そんなつもりは毛頭なかった。


「悪党には何を言ってもムダなようだな。ケリをつけさせてもらおうか」

「だから何でそうなるんだよ!?」

「マキト! 覚悟しろ!」

「聞いてないし……」


 項垂れるマキトは、こっちが話を聞くのはもう無理のようだと判断した。

 だとすれば、なんとかしてこの状況を打開しなければならない。でなければ確実に命を落とす羽目になることだろう。

 今のラッセルに優しさはない。正義という言葉を被った、容赦のない悪魔だ。

 マキトはそう思いながら、自然と握り拳に力を込める。


(ラッセルには勝てない。今の俺たちじゃ、どう頑張っても無理だ。ラティたちの攻撃が届かない。こんなこと、今まで一度もなかったのに……)


 変身したラティはとても強い。それはシルヴィアとの戦いで証明されている。だから今回も、きっとなんとかなると思っていたのだ。しかし、現実は全くと言って良いほど違っていた。


(つまりそれだけラッセルが強いということか? それとも他に何かあるのか?)


 考えても考えてもこんがらがるだけで、まともな答えなど全く思い浮かばない。そうこうしている間にも、目の前のラッセルはどんどん迫っている。

 このままジッとしていたら、ここで全員あの世行きになる。だからここでなんとかしなければならない。

 今、自分に出来ることがあるとすれば――

 そこまで必死に考えたマキトは、次に取るべき行動を一つに絞り込んだ。


「ラティ、ロップル、もう一度行けるか?」


 その問いかけに対してコクリと頷く姿を見て、マキトは走り出す。


「スラキチ!!」


 マキトの叫びに、スラキチが力を振り絞って動き出した。

 そこに立ちはだかるラッセルだったが、ラティが乱入したおかげで、見事その脇をすり抜け、スラキチの元へ行く。

 スラキチがマキトの胸に飛びつき、見事回収することに成功するのだった。

 しかしラッセルがそれを見過ごすワケがなく、ラティを退けながらも闇の魔法を打ち込む。しかしそれは、ロップルの防御強化によって弾き飛ばされた。

 マキトが素早くラッセルから距離を取り、マキトと四匹の魔物たちが固まって、ラッセルと対峙する体制となった。


「皆、逃げるぞ。とにかく逃げることだけを考えるんだ」

「マスター?」


 その言葉にラティが驚きの表情を見せるが、マキトは真剣な表情で前を向いたまま続ける。


「これ以上戦ってもムダだ。こんなところでお前たちを失いたくない」


 囁くような声が、ラティたちの耳にとてもよく聞こえた。一瞬呆けた表情を浮かべたラティは、再び表情を引き締め、力強く頷いた。


「りょーかいなのです!」


 その返事に続き、他三匹の魔物たちも一斉に鳴き声で返事をした。


「……行くぞ!」


 掛け声とともに一斉に走り出す。たまたま逃げやすそうな道が傍にあったから選んだだけであり、どこへ向かっているのかも分からない。

 とにかくラッセルを巻かなければならない。考えているのはそれだけだった。

 しかし当然ながら、その相手がみすみす見逃すワケがなかった。


「このオレから逃げられると思うなっ!」


 ラッセルは剣をしまい、闇の魔法を次々と放ちながら追いかけてくる。

 しかしそれはマキトたちに当たることはなかった。デタラメな方向に逃げているおかげで、森の木々が魔力弾を全て受け止めているからだ。

 仮に当たりそうになっても、ロップルの防御強化やラティの魔法で相殺する。その一連の流れが、ラッセルの心をかき乱すには十分過ぎていた。


「おのれ……チョコザイな!」


 ラッセルが両手の中に大量の闇の魔力を寄せ集め、それを凝縮させていく。

 集められるだけ集め、凝縮させるだけとことん凝縮させる。これを放てばどうなるのか。怒りで我を忘れているラッセルに、考える術は全くなかった。

 逃げているマキトたちも、その状況を見て驚いていた。しかしそんな中、最悪の展開が目の前に待ち受けていた。


「マスター、この先は……」

「チッ!」


 森の奥が明るくなっており、その先がどうなっているのかはすぐに分かった。

 思わず立ち止まるマキトたちに、ラッセルはニヤリとした笑みを浮かべ、そして手のひらに凝縮させた魔法を解き放つ。


「俺の全力で……全て吹き飛べえええぇぇーーーーっ!!」


 その叫びとともに、闇の魔法が大きな衝撃波となって、前方の広い範囲を地面ごとえぐりながら吹き飛ばしていく。

 当然、マキトたちもそれに巻き込まれていた。ロップルとラティのおかげで、なんとか直撃らしい直撃は免れていたが、状況は最悪であった。

 見事に吹き飛ばされ、目の前に広がる崖から落ちている状態であった。

 木や岩や土砂と一緒に、マキトたちは落ちていく。叫び声を上げながら。遠く下を流れる川に、真っ逆さまに。

 砂煙が晴れていき、ラッセルは荒い息を整えながら周囲を見渡す。

 荒れ果てた地面をゆっくりと歩きながら、ラッセルは周囲の気配を探ってみる。しかし誰もいない。そうなれば、自ずと結論は見えてくる。


「そうか、落ちたか……これだけの高さだ。もはや助かることもあるまい」


 胸が躍るような気分だった。ようやく目障りな怨敵を倒せた。それがラッセルに笑みをもたらし、やがて盛大な笑い声を出していく。


「……フッ、クククッ、ハハハッ、ハーッハッハッハッハッハッ!!」


 両手を大きく広げ、空に向かって思いっきり大声で笑うその姿は、傍から見れば狂っている姿そのものであった。

 その笑い声は止むことを知らないかのように、森の中を響かせ続けていた。



 ◇ ◇ ◇



 エルフの里から南西に位置する、穏やかな河原の一角。そこで暗い紺色のフード付きローブをなびかせながら、一匹のキラーホークと会話をする青年がいた。

 魔物研究家のジャクレンは驚きの表情を浮かべ、そしてキラーホークに言った。


「分かりました。すぐに彼らを救出してあげてください」


 その指示にキラーホークは頷き、そしてすぐさま飛んでいった。それを見送りながら、ジャクレンは目を細めて呟いた。


「この僕が、ライザックの行動をみすみす許してしまうとは……迂闊でしたね」


 気づいたときには遅かった。既に仕掛けは動き、その結果マキトたちに被害が及んでしまった。

 明後日の方向を探し続けていた自分がマヌケに思えて仕方がない。しかし、それも全ては過ぎたこと。今はするべきことがある。

 ジャクレンはそう思いながら、焚き火の準備に取り掛かった。


(マキト君……キミたちは必ず助けます。こんなところで死んではいけません)


 焚き付け用の枯れ草に火が灯り、大き目に組まれた薪に燃え広がる。程なくしてオレンジ色の炎が、パチパチと音を鳴らし始めた。

 やがてキラーホークたちの鳴き声が、川の上流から聞こえてきた。



 ◇ ◇ ◇



 森の中で倒れていたブレンダは、たまたま通りかかったコートニーたちによって介抱されていた。

 ボロボロの状態だったが、なんとか治療を施し、最悪の事態だけは免れた。

 地面に仰向けで横たわったまま、ブレンダはか細い声を出す。


「ありがとう……キミたちのおかげで助かった」

「いえ、無事でなによりです。もう少し、ゆっくり休んでください」


 持ち前の水で湿らせた手拭いを絞りながら、コートニーが微笑んだ。

 その脇ではアリシア、オリヴァー、ジルの三人が、食事の準備をしている。そんな中、木の実を集めてきたジルが深いため息をついた。


「ブレンダさんでも太刀打ちできないだなんて……エゲツないにも程があるよ」

「全くだ。俺たちの言葉も、恐らく通じはしないだろう」

「普通に真正面からぶつかったら、ブレンダさんの二の舞か……それでも、私たちがなんとかしないと」


 小さなナイフで木の実を切り分けていきながら、アリシアが強い意志を込めた声で言う。オリヴァーがそれに苦笑しつつ、焚き火に薪を放り込んだ。


「確かにその通りだな。アイツを目を覚まさせるのは、俺たち仲間の役目だ」

「そうだね。あたしも同感だよ」


 オリヴァーの言葉にジルも頷いた。それを聞いたアリシアも嬉しそうにするが、すぐに真剣な表情に切り替わる。


「でも話を聞くと、シルヴィア様の時よりも厄介かもね。我を忘れて暴走しているワケでもなさそうだから」

「あぁ。闇に侵されてるとはいえ、意識はハッキリとしてるみてぇだからな」


 オリヴァーが面倒だと言わんばかりに、頭をガシガシと掻きむしる。そこに手拭いを絞りながら、コートニーが歩いてきた。


「その前にまずは、ボクたちでブレンダさんを里まで運ばないとね」


 コートニーの言葉に、最初に頷いたのはアリシアだった。


「うん。セルジオさんにも、このことを伝えないと。二人もそれでいいでしょ?」

「異論はねぇさ。腹ごしらえをしたら、俺がブレンダさんを背負っていこう」

「ここで放っておくわけにもいかないもんね」


 オリヴァーとジルも同意し、四人の次の行動が正式に決まった。ふと、森のある方向を見ながら、アリシアが心の中で呟く。


(なんか胸騒ぎがする。マキト……どうか無事でいて)


 その瞬間、風に乗って笑い声が流れてきたのだが、それにアリシアたちが気づくことはなかった。


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