第九十二話 霊獣



 霊獣とは魔物の一種で、フェアリー・シップや妖精と同じく、滅多に人前に姿を見せないことで有名な存在でもある。

 外見は一般的な小動物にとても良く似ており、一個体ごとに何かしらの特殊能力を持つ。それが魔法なのか、それとも霊獣特有の能力なのかは不明。

 魔物の研究者の間では様々な仮説が立てられているが、依然として分かっていることは少ない。

 希少価値が高く、盗賊などから狙われる傾向も、極めて高いと言われている。


「……とまぁそんな感じで、霊獣もヒトに対する警戒心がとても強いんだ。仮に運よく出会えたとしても、すぐ逃げられちゃうのが関の山なんだけど……」


 説明していたコートニーが戸惑いながら見下ろすと、そこでは胡坐をかいて座るマキトに、霊獣が楽しそうにじゃれついている姿があった。


「くきゅー♪」

「はは、結構可愛いな、コイツ」


 とても警戒している様子はない。むしろ懐いて離れない印象のほうが強かった。

 本当にこの魔物は霊獣なのだろうか。霊獣によく似た普通の魔物ならば、大いに納得もできるというモノだ。

 そんな期待を込めて、コートニーはラティのほうを見てみると、ラティはラティで戸惑っている様子を見せていた。


「うーん……やっぱりこの感じ、どう考えても霊獣さんなのですけどねぇ……」


 どうやら勘違いという方向性はなさそうだ。そう思ったコートニーは、とりあえず今の状況は受け入れておこうと決める。


(まぁ、小さい頃はドラゴンも懐いていたらしいし、なにより珍しい魔物を三種類もテイムしてるんだもんね。だったら霊獣の一匹が懐いたとしても、なんら不思議でもないか)


 心の中で納得するコートニーは、色々な意味で自分の感覚がマヒしていることに気づいていない。

 懐かれる云々以前に、そもそもこうして、珍しい魔物と簡単に出会えること自体が不思議なことなんだよと。無関係の第三者がいたならば、そんなツッコミが即座に飛び込んできていたかもしれない。

 残念ながら、人気のないこの場所にいるのはマキトたちだけであり、それは全く叶わないことなのだった。


「それにしても、お前って珍しいヤツなんだってな」

「くきゅー?」


 そうなの、と問いかけるかのように、霊獣は首を傾げる。そんな可愛らしい仕草を見たラティは、頬を染めながらポヤーンと呆けた表情を浮かべていた。


「はぁ……モフモフしたいのです」


 その呟きが聞こえた霊獣とロップルが、揃ってビクッと反応する。ロップルはどうやら、マキトたちと出会ったときのことを思い出したらしい。

 霊獣が怯えているのを見て、マキトはため息交じりにラティのほうを向いた。


「ラティ。よだれ垂れてる」

「……はっ!!」


 指摘されてはじめて気づいたらしく、ラティは慌てて口元を拭った。そして再び霊獣に視線を向けるなり、ウットリとした表情に切り替わる。

 このままだとまた同じやり取りをする羽目になる。そう思ったマキトは、とりあえず自分が霊獣と話してみることにした。


「なぁ、一つ聞きたいんだけど、お前もしかして独りぼっちなのか?」

「くきゅくきゅ」


 霊獣は首を縦に振る。それをラティが聞き取り、マキトに通訳した。


「ずっと前から仲間とかもいないって言ってるのです。それでしばらく、この辺りを彷徨ってたみたいですね」

「それで、お腹が空いて倒れたところを、たまたま俺たちが通りかかったと」


 マキトの言葉に霊獣はコクコクと頷いた。その仕草に加えて、霊獣がマキトのズボンのすそをギュッと握っているのが、なんとも愛くるしさを感じてならない。

 自然と表情を綻ばせながら、マキトが霊獣の頭を撫でる。

 霊獣は気持ち良さそうにしており、とてもヒトを警戒する生き物には思えない。それぐらいマキトに懐いているのだということが見て取れた。

 ここで一つ、マキトは改めて気づいたことがあった。


(そういえば俺、魔物をテイムするってここしばらく……というか、旅立ってから全然してなかったな……)


 旅の途中でも野生の魔物と仲良くなったことは何度かあったが、いずれも普通に時が訪れたら分かれていた。バウニーの場合は、互いの方向性の違いにより、セドに譲ったこともあり、結局テイムには至っていない。

 今は特に弊害もあるわけではないし、テイムする絶好のチャンスではないのか。

 そう思ったマキトは、試しに霊獣を誘ってみることにした。


「なぁ。もし良かったらお前、俺たちと一緒に来ないか?」


 その誘いの言葉に霊獣はキョトンとし、コートニーは驚きの表情を浮かべ、そしてラティは目をキラキラと輝かせてマキトに詰め寄った。


「すっごく良い考えだと思うのです! 流石はわたしたちのマスターなのです!」

「分かったから落ち着け。で、どうだ?」


 まくしたてるラティを両手で制して宥めつつ、マキトは霊獣に再度尋ねる。すると霊獣は少し考える素振りを見せた後――


「くきゅー♪」


 喜びを込めた明るい鳴き声で返事をするのだった。


「じゃ、これからよろしくな」


 マキトがそう言いながら、霊獣の額に右手を添えた瞬間、眩い光が迸る。ラティたちと同じ、テイムの印が額に刻み込まれた。

 霊獣は嬉しそうにマキトに飛びつき、胸元に顔をこすりつける。コートニーはそんなマキトたちの姿に、小さな笑みを浮かべていた。


「また賑やかになりそうだね」

「だな」


 マキトは頷きながら自分の周囲を見る。これで魔物は四匹。なかなかの大所帯となってきたと思ったその時、マキトは思いついた。


「そうだ。コイツにも名前を付けてやろうかな」

「いいですね。可愛らしい名前が良いのです。この子は女の子ですからね」

「え、そうなのか?」


 マキトが霊獣に尋ねると、霊獣はくきゅーとご機嫌よろしく頷いた。


「そっか、女の子か……うーん、どうしようかな?」


 今まではどうしてたっけとマキトは思い出す。ラティ、スラキチ、ロップル、そしてバウニーも名づけているワケだが、どれも共通していることがあった。


(その場で思いついた名前ばっかりだな……じゃあコイツも……)


 マキトは霊獣を見つめながら、改めて考えてみる。女の子という点を忘れずに、なんとなくボンヤリと考えていくと、ある一つの名前が思い浮かんだ。


「リム……リムってのはどうだ?」

「へぇ、良いんじゃない? 女の子っぽくて可愛いと思うし」

「くきゅーっ♪」


 コートニーが同意すると同時に、霊獣も明るい鳴き声で返事する。


「お、気に入ってくれたのか? なら決まりだな。今日からお前の名前はリムだ。改めてよろしくな」


 マキトがそう言った瞬間、霊獣もといリムに、ラティたち三匹が駆け寄った。新しい仲間が正式に加わったのが嬉しいのだ。

 程なくして、リムもラティたちと打ち解けたらしく、四匹は楽しそうにじゃれ合い出した。

 その様子をマキトとコートニーは、微笑ましそうに見つめていた。


「なんか俺、すっごい久々に魔物使いらしいことをしたような気がするよ」

「え、そんなことなくない?」


 キョトンとするコートニーに、マキトは更に苦笑する。


「どうだかね。現にテイムしたのだって、旅立って以来だもん。あとは現地の魔物たちと一緒に遊んだりとか、そーゆーことぐらいしかしてないしさ」

「……ケガした魔物を助けたこともなかったっけ? 確かそんな話を聞いたけど」


 若干細めた目を逸らしながらコートニーが訪ねると、マキトは懐かしむような笑顔を浮かべ、テンションを高めて語り出す。


「おぉ、そういえばあったな。そのお礼に背中に乗せてもらったんだよ。サントノの荒野をバーッと一気に駆け抜けてさ。アレは最高だったよ」


 マキトは目を閉じて、その時の記憶を蘇らせる。サントノ王都からユグラシアの大森林までの間を、キラータイガーに乗って移動した時のことだ。

 あの疾走感と爽快感は、忘れたくても忘れられない。地球の動物が凄まじい脚力を持っていたりしていることは知っていたが、魔物も大概だとマキトは思った。

 スフォリアの平原でも同じような経験をしたが、やはりキラータイガーの背中は素晴らしいというのが、マキトの個人的な感想であった。

 ヒトと魔物が共存する傾向にある。それも凄く納得できるモノであった。

 そんなことを思い出しながらマキトが頷いていると、コートニーが呆れたような視線を向けてきていることに気づいた。


「なんてゆーか……マキトはじゅーぶん魔物使いらしい行動していると思うよ」

「そうかな? ただ単に魔物たちと交流してただけなんだけど」

「普通は友達になるほどの交流はしないよ」


 苦笑しながら言うコートニーに、マキトは首を傾げるばかりであった。

 その反応もなんとなく予測しつつも、改めて遊んでいる魔物たちに視線を向けながらコートニーは言う。


「とりあえずさ、リムをテイムしたことを、セルジオさんに話しておこうよ。一応リムも、珍しい魔物に部類されてるワケだしさ」

「そこまでするほどかな? まぁとりあえず戻ってみるか」


 どのみちセルジオに紹介するつもりではいるため、コートニーの提案にマキトは賛成した。

 魔物たちに声をかけ、一行は来た道を戻り、セルジオの屋敷に向かうのだった。



 ◇ ◇ ◇



 里へ戻ったマキトたちは、早速セルジオの屋敷に向かった。

 執務室にて、セルジオとマキトたちがソファーを挟み、対面して座る形をとっていた。ちなみにブレンダは使いに出ており、この場にはいない。

 マキトたちがリムを紹介すると、セルジオは表情を引きつらせていた。


「……またお前さんには驚かされるな。霊獣なんて見るのはワシでも久々だぞ」


 セルジオが苦笑を浮かべると、マキトの膝の上に座っているリムが、驚いて硬直してしまう。マキトたちに対しては平気なのだが、他人にはまだまだ警戒心は強いようであった。


「大丈夫。セルジオのじいちゃんはいい人だよ」

「くきゅー?」


 首を傾げて見上げてくるリムに、マキトは笑顔で頷いた。

 リムは再びセルジオのほうを見上げた後、そのままマキトの膝の上で丸くなる。流石に警戒心は解けていないが、落ち着いてくれただけでも良かったと、マキトもセルジオも思うのだった。


「それにしても随分と懐いとるのう。まぁ霊獣も魔物ではあるから、別におかしい話ではないが……」


 セルジオの呟きを聞いて、マキトは一つの疑問を抱いた。


「霊獣と魔物って、何か違うところがあるの?」

「うむ。違うと言えば違うし、違わんと言えば違わん、といったところかの」

「えっと……つまりどういうこと?」


 要領を得ないセルジオの物言いに、マキトは首を傾げる。するとセルジオは、渋いお茶を一口すすりながらゆっくりと語り出した。


「霊獣も特殊な能力を持っておる。攻撃や回復、そして補助の類もだ。しかしそれら全ては、明らかに魔法とは違うモノであることが判明しておる。精霊の力であるという説が有力だな」

「精霊の力?」


 マキトたちが目を見開くと、セルジオは目を閉じたまま頷く。


「詳しいことはまだ判明しておらん。精霊の力を持つ獣……それを人はいつしか、霊獣と呼ぶようになった。その珍しさ故に、我が物にしようと躍起になる者が後を絶たず、程なくして人前に姿を見せんようになった」


 その話を聞いて、妖精やフェアリー・シップと一緒だと、マキトは思った。

 珍しい。たったその一言だけで、人々は目の色を変えて動き出す。全ては自分のステータスを上げるために。

 人の醜さは認識しているつもりだったが、改めて聞かされると、やはり嫌な気分を味わってしまうモノであった。


「ちなみに今のところ、スフォリア王国でしか霊獣の存在は確認されていないが、他の大陸でも生息している可能性は十分あり得るだろうな」

「確かに……見た目は小動物と変わらないからね。それこそ特殊能力を使っているところを見ないと、気づかないで素通りしちゃうかも」


 コートニーが納得した瞬間、マキトは改めて気づいたような反応を見せた。


「特殊能力か……そういえばリムの能力って、どんなのなんだろ?」

「まだ確かめておらんかったのか?」


 もうとっくにリムの能力を把握しているモノだと思っていたセルジオは、素直に驚いていた。

 それに苦笑を返しながら、マキトはリムを腕に抱えて立ち上がる。


「よし、じゃあ早速、リムの能力を確かめに行ってみようか」

「賛成なのです!」


 魔物たちも返事をして、ロップルはマキトの頭に、スラキチはマキトの右肩に、それぞれいつものように飛び乗った。


「さーてと……うわっ!?」


 マキトが歩き出そうとしたその瞬間、リムが突然マキトの腕から飛び出し、そのまま器用にマキトの背中を伝って登っていく。

 そして左肩から身を乗り出す形で、ようやく落ち着くのだった。


「スラキチやロップルを見て、マネしたくなったんだろうね」

「どうやらリムの定位置が決まったって感じなのです」

「くきゅー♪」


 コートニーとラティの言葉に、リムが笑顔で鳴き声を上げる。どうやら同意しているようであった。

 頭に加えて両肩に魔物を乗せていると、流石に重さを感じてならないが、降りろと言うのもなんとなく忍びなかった。


(まぁ、別にいっか)


 マキトは小さな笑みを浮かべながら、そのまま歩き出す。ラティやコートニーも笑顔でついていき、一行は屋敷を後にした。

 そんな彼らの後ろ姿を、まるで孫を相手にするような優しい笑顔で、セルジオは見送るのだった。


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