第八十三話 マキトたちの出発



 翌朝、マキトたちは王宮へ出向いた。セドとバウニーに、エルフの里へ向かうことを伝えに来たのだ。

 ちなみにコートニーはマキトたちと同行、アリシアは王都に残ることとなった。

 やはりラッセルたちを放って、勝手に王都を出るわけにはいかない。自分はラッセルのパーティに所属しているのだから、と。そんなアリシアの思いに対して、マキトたちは納得するのだった。


「そうか。エルフの里へ行くのか。確かにあそこは、マキトやラティたちにとっても、過ごしやすい環境だろうな」


 自室に招かれたマキトたちが事の次第を話すと、セドは納得するかのように頷く。

 足元ではバウニーとロップル、そしてスラキチが遊んでおり、賑やかな鳴き声が聞こえる中、マキトたちの話は続いていった。


「やっぱり、セドも一緒ってのは……」

「残念ながら無理だな。忙しいっていうのも当然あるし、なにより兄上がまだ目覚めてないから、少し様子を見ておきたいんだ」

「お兄さんは、具合のほうは良くなってるのか?」

「あぁ、元々鍛えていて、体力はかなりあるほうだからな。医者も凄まじい回復力だと驚いていたよ」


 マキトとセドの会話が続く中、コートニーが一つ気になっていたことを思い出した。


「そういえば、あれから女王様の様子はどう?」

「大分持ち直してきたよ。今も復興の会議に参加しているし、自ら現場にも出向くとか言っていた。まぁ、今度は倒れないように見張る必要がありそうだがな」


 苦笑しながら言うセドは、どこか生き生きしているように見えた。

 王族の立場を嫌がっていたように見えていたが、案外やる気はあるようである。むしろオースティンと兄弟二人で国を支えていく、という選択肢もアリなのではとマキトは思ったが、こればかりはセドが決めることだから何も言えない。


「じゃあ俺たちはそろそろ行くよ」

「あぁ。エルフの里での話を、今度会った時にでも聞かせてくれ」


 期待を込めた言葉を受け取ったマキトたちは、セドの部屋を後にする。マキトはなんとなくだが、いつか彼と一緒に冒険する時が来る気がしていた。

 もしそうなったら、それはそれで楽しくなりそうだということも含めて。

 そう思いながら王宮の入り口付近まで歩いて来た時だった。


「全く……どうして私がこんな目に……」


 薄汚れたかっぽう着を着た男が、ブツブツと呟きながら通り過ぎていく。無精ヒゲと生気の宿ってない瞳が、気味の悪さを醸し出していた。どこか貴族っぽい雰囲気を宿しているように見えたのだが、きっと気のせいだろうとマキトは思った。

 バケツに雑巾、モップを所持している点からして、きっと掃除にでも向かう途中なのだろう。無理やり押し付けられたのか、それともこんな自分の状況自体に納得がいっていないのか、男は見るからに嫌そうな表情を浮かべていた。

 そんな男の姿が目に入った一人の兵士が、ピクッと眉を動かした。


「何をしている? ボサッとしとらんで、さっさと地下牢の掃除に向かわんか!」

「は、はいっ! 直ちに向かわせていただきますっ!」


 叱責を受けた瞬間、男はピシッと背筋を伸ばして、慌てて廊下を走り去っていく。

 あの先に地下牢があるのかと思いながら、マキトは視線を前に戻し、王宮の外に出るのだった。


「んー、いいお天気なのです。まさに旅立ち日和なのです♪」


 眩しいお日様の下に出るなり、ラティが気持ち良さそうに伸びをする。

 マキトが透き通るような青空を見上げてみると、数匹の小鳥が鳴き声とともに飛んでいく姿が見えた。町の喧騒が遠くから聞こえてくるのが、妙に心地良い気分を醸し出させてくれる。

 町に向かって歩く途中、数台の馬車とすれ違った。籠いっぱいに果物や野菜を積んだ物資の運び入れなどもあったが、特に木材やレンガなど、修復用の資材を運搬する馬車が多く見られた。

 中には行商の物売りらしき姿もあった。こういった者たちが王宮に出入りすることは珍しくないが、心なしか商人たちの目に気合いが込められていた。

 きっと、いつも以上に集まっている王宮で、少しでも売りさばいて稼ごうとしているんだろうなぁと、コートニーが苦笑しながら思う。

 そんな中アリシアが、名残惜しそうな声でマキトに話しかけてきた。


「いよいよマキトたちともバイバイなんだね。やっぱり、ちょっと寂しいかも」

「確かにな……もうずっと長いこと一緒にいるし、最初から俺たちとパーティを組んでいたようにすら感じるよ」


 マキトもどこか寂しそうに苦笑しながらそう言った瞬間、アリシアが驚いてマキトを凝視し、そしてパアッと明るい表情になった。


「え、本当に? だったら嬉しいなぁ♪」


 その言葉のとおり、アリシアは本当に嬉しそうに笑っている。一方マキトは、彼女がいきなり明るくなったことに戸惑っていた。

 三匹の魔物たちも目を見開いて驚いている中、マキトは色々と考えながら思う。


(そこまで喜ぶほどのもんかなぁ……まぁ、いっか)


 結局分からず、マキトはとりあえず気にしないことにした。魔物たちもそれを察したらしく、いつもの表情に戻っていく。

 そんな彼らの様子を見ていたコートニーが、温かい目とともに苦笑を浮かべていたことに、マキトたちは全く気づかなかった。



 ◇ ◇ ◇



 マキトたちが西の街門に向かうと、そこではウェーズリーとギルドの受付嬢が待っていた。なんとマキトたちの見送りに来てくれたのだという。

 ちなみにセルジオとブレンダは、今朝早くにエルフの里へ帰ったらしく、マキトたちによろしく伝えといてくれと言っていたらしい。

 まさかギルドマスターが直々に顔を出してくれるとは思わず、マキトたちはなんだか申し訳ない気持ちになっていた。


「わざわざ見送りなんて、別にいらないんですけどね……」

「お前たちには世話になったからな。これくらいは当然のことだ」


 苦笑するマキトに、ウェーズリーが腕を組みながら誇らしげに言う。その瞬間、隣にいた受付嬢の目がギラッと光った。


「単に仕事がサボれるから、でしょう?」


 射貫くような冷たい一言に、ウェーズリーだけでなく、マキトたちでさえもゾクッとしてしまった。

 魔導師でもなんでもないハズなのに、何故か彼女の周りだけ、氷の魔法でも使ったかのような冷たい空気が流れていた。浮かべている笑みが怖くて仕方がない。まるで仮面を付けているかのように、作り込まれたモノであった。

 ウェーズリーが大量の冷や汗を流しながら、必死に目を逸らしている。そうすればするほど、受付嬢を取り巻く冷気が凄まじくなっていることに、果たして本人は気づいているのだろうか。

 チラリチラリと、ウェーズリーの視線が受付嬢をこっそりと捉えていることから、少なくとも状況を理解できてないわけではなさそうである。

 そう思えたマキトたちは、早くこの状況をなんとかしてくださいと、ウェーズリーに視線を送るのだった。

 しかし先に動いたのは、なんと受付嬢のほうだった。


「まぁ、今回は見逃してあげます。見送ったらすぐにギルドへ戻りますからね」

「勿論分かっておるとも」

「逃げたりしたら……当然分かっておいでですよね? ……ね!?」


 最後の一言に、凄まじい怒気を込めた受付嬢の表情は、まさに恐怖の一言だった。

 それを見た者全員の表情が、一斉にしてピシッと固まってしまう。悪魔の皮を被っていると言われたら、むしろ信じてしまいそうであった。

 もっともそれを口に出したら、今度は自分自身がどうなるか分からないと思い、とりあえずこれ以上考えるのはやめておこうと、マキトは思った。


「……それじゃあ俺たち、そろそろ行きますね」

「おぉ、そうか、気をつけてな」


 マキトの挨拶にウェーズリーが引きつった笑みで答える。もはや誰もツッコミを入れることはなかった。

 続けて苦笑を浮かべているアリシアに、マキトたちは視線を向ける。


「アリシアも、色々とありがとうな」

「ううん。むしろお礼を言いたいのは私のほうだよ。一緒にいただけで、結局殆ど何もしていなかった感じだし……」


 頬を掻きながら苦笑するアリシアに、マキトはキョトンとした表情を浮かべる。


「別にそんなことはないだろ。一緒にいてくれただけでも十分ありがたかったよ」

「そ、そうかな……?」


 マキトの柔らかい笑みに、思わずアリシアは頬を染める。魔物たちも嬉しそうな笑みを浮かべる中、受付嬢が何かを察して、コートニーに耳打ちする。


「あの……アリシアさんって、マキトさんのことを……」

「今はなんとも言えないですよ」


 コートニーはそれだけ言ってニッコリと笑う。何かを察しているのか、それとも本当に言葉のとおりなのか、受付嬢は判断することができず――――


「はぁ、そうですか……」


 と、呆然としながら答えることしかできなかった。


「それじゃあな。また会おうぜ」

「うんっ、またねーっ♪」


 ウェーズリーと受付嬢、そして勢いよく手を振ってくるアリシアに見送られ、マキトたちは西の街門を通り抜けた。

 街門が閉じられ、西へと続く道を歩き始める。先日の騒ぎの影響か、野生の魔物の姿が全く見られなかった。ラティたちも周囲を見渡してみるが、気配も殆ど感じられないとのことだった。

 風でなびく木の葉っぱの音しか聞こえず、いつも以上に静かな道のりであった。


「なんか変な感じなのです」


 ラティが訝しげにポツリと呟くと、マキトが頷いた。


「確かにな。でもまぁ、エルフの里まで行きやすそうって感じもするけど」

「うん。それは言えてるかもだね。ボクたちからすれば、魔物に襲われないのは安全でありがたいワケだし」


 実のところ、コートニーは懸念していた。王都に群がっていた魔物たちの残党が、この付近に多く潜んでいるのではないかと思っていた。

 騒ぎの時点でかなり多くの魔物が仕留められたという話だったが、全部残さず仕留められたわけでもない。おまけに騒ぎが収束して、まだ二日しか経過していない。たった二日で、興奮していた魔物たちが大人しくなるとも思えなかったのだ。

 しかしながら、そんな心配は杞憂だったかもしれないとコートニーは思う。

 パンナの森への分岐点近くまで来ても、未だに野生の魔物に遭遇するどころか、一匹たりとも姿を見てすらいない。

 本当に王都の町中で全部倒してしまったのではと、そう思えてしまうほどであった。


「あ、マスター! あそこを見てください!」


 ラティが指をさした先には、一匹の大型の魔物がいた。しかもその魔物は、自分たちがよく知っている存在でもあった。


「キラータイガー……もしかしてアイツ、俺たちのことをずっと待っていたのかな?」


 マキトの呟きに対して、あながちそうかもしれないとコートニーは思った。

 たまたま近くまで来ていた、という可能性も確かにあるだろうが、それにしては視線が自分たちにずっと向けられているのが気になる。

 なによりマキトたちは、それがキラータイガー亜種であることが気になっていた。

 バウニーの父親とは別個体である可能性もあり得るが、この近辺に生息する中では、親タイガー亜種以外の亜種はいなかったハズなのだ。

 加えて獲物が来たと狙っているにしては、どうにも殺気を感じない。やはりマキトの言うとおり、待っていたと見るのが自然と言えるだろう。

 亜種がのっそりと起き上がり、そのままトコトコとマキトたちのほうに歩いてくる。それに対してラティが、驚いた表情で飛んで行った。


「バウニーのおとーさん、無事だったのですね!」


 ラティに抱き着かれた親タイガー亜種は、嬉しそうにゴロゴロと唸り出す。心なしかマキトたちに会えて喜んでいるように感じられた。

 そして、嬉しく思っているのはマキトたちも同じであった。

 見渡してみると、皆がそれぞれ元気な様子であり、何事もなかったのだと認識する。ようやく心の底から一安心することができたと、マキトは思うのだった。

 親タイガー亜種が話している内容を、ラティが通訳する形でマキトに伝える。


「バウニーのおとーさん、あれからどうなったのかが気になって、皆で色々と探索していたみたいなのです。ちょうどこのあたりを探索していて、わたしたちが来ることに気づいて、待っていてくれていたみたいなのです」

「そうだったのか。問題とかは何もなかったのか?」


 マキトがそう尋ねると、親タイガー亜種は首を横に振った。


「今のところ、特に何もないそうなのです」

「そうか。俺たちのほうも、無事に全部片付いたよ。悪いヤツらも捕まったし、セドもバウニーも無事だ」


 ラティの通訳に安心しつつ、マキトがそう告げた瞬間、親タイガー亜種は嬉しそうに鳴き声を上げる。

 もう少し話をしていきたかったところだが、目的地がある以上、長居をするわけにもいかなかった。


「じゃあ、俺たちそろそろ行くよ。西にあるエルフの里へ行かなきゃならないんだ」

「ガウガウ? ガーウガウガウガーウッ、ガウガウ」

「もし良かったら、その場所まで乗せていってやるぞ、と言ってくれてるのです」


 気前よく提案してくれる親タイガー亜種だったが、マキトはその申し出に対して、首を横に振る。


「折角だけど、今回は歩いていきたいんだ」


 マキトがそう言いながら笑みを浮かべると、親タイガー亜種も仕方がないと言わんばかりに引き下がった。

 また今度会いに行くから、その時にでも乗せてくれと言うと、親タイガー亜種は凄まじい雄たけびを上げた。絶対約束だぞ、という言葉が含まれていたというのが、ラティの弁である。

 親タイガー亜種に道を譲ってもらいながら、マキトたちは再び歩き出す。


「じゃあな。またいつか会おう!」


 マキトがそう声をかけると、親タイガー亜種が雄たけびの返事をした。勇ましい咆哮を聞きながら、マキトたちは西を目指して歩いていくのだった。


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