第四十九話 ドラゴンを連れた魔人族



 マキトたちがユグラシアの大森林を出発して、一ヶ月が経過した。

 スフォリア王国へ渡る国境が近くなってくると同時に、冒険者や商人たちの姿もたくさん見かけるようになった。

 野生の魔物も普通に出現する区域ではあったが、戦える者たちがそこらじゅうにいるためか、ラティたちでも気配すら全く感じられなかった。

 危険を察知する勘がとても鋭いのも、野生の魔物の大きな特徴なのである。


「はぁ……やっと着いたけど、また人がいっぱいいるなぁ……」


 ようやく検問所が見えたと思ったら、そこもまた大勢の人々で賑わっている。

 シュトルとサントノを結ぶ国境と同じ雰囲気を醸し出しており、思わずマキトは感心するかのようなため息をついてしまった。

 よくよく見ると、多くの冒険者や商人たちが、魔物を連れて行動していた。

 サントノ王都でもそれなりに見られた光景だったが、ここのほうが明らかに数が多かった。額にテイムの印こそないが、見る限りどの魔物も、ちゃんと連れている人々に懐いているようだ。


「こりゃ凄いな。魔物と一緒にいるのが当たり前って感じがするや」

「他の国に比べると、スフォリア王国は魔物と共存している傾向が高いんだよね。ちなみにオランジェ王国は更に凄い感じかな」

「へぇー」


 アリシアの解説を聞いたマキトの表情は、実に興味深そうに輝いていた。

 露店もそうだが、行商や冒険者たちと一緒にいる魔物の姿が、かなり気になっている様子だ。それを見たアリシアは、マキトらしいなぁと笑みを浮かべている。



「ねぇ、あれってフェアリー・シップじゃないかしら? 珍しいわね」

「あの人間族の子が連れてるみたいよ。凄く懐いている感じだわ」

「俺たちエルフ族でも滅多に懐かないってのに……アイツは一体何者なんだ?」

「額に印みたいなのが付いてるぞ? アレって何だろうな?」

「うーん、ワタシも全く見たことないけど、もしかして亜種じゃないかな?」

「もしそうならスゲェな……あんまり強そうな感じには見えないが……」

「強さが全てとは、存外言い切れなかったりするのかもしれんな」



 そんな冒険者たちのヒソヒソ声が聞こえてきた。

 耳を澄ませなくてもいいくらいにハッキリと聞こえていたが、そんなことはどうでも良かった。

 ロップルが珍しい存在であることを、改めてマキトは自覚した気がした。

 サントノ王都でこの手の視線を感じたときは、まぁこんな感じなのだろうと思う程度であったが、生息地であるハズのスフォリア王国のすぐ傍ですらこの反応だ。

 おまけにテイムの印を知らないという声も聞こえてきた。魔物使いという職業で冒険者をする者がいないという、なによりの証拠だと言えるだろう。


「おやおや、もしかしてアリシアじゃないかい?」


 露店のテーブルから、一人の魔導師らしき少女が声をかけてきた。呼ばれたアリシアが振り向くと、その少女に対して驚いた反応を見せる。


「え、ブリジット?」

「どーもどーも。久しぶりだねぇ、アリシア。元気そうでなによりだよ」

「あはは……ブリジットも相変わらずみたいだね」


 軽々しい口調で片手を上げながら、魔導師少女が語り掛けてきた。割と低めの声であり、歳はアリシアと同じぐらいに見える。ウェーブの金髪ロングにつばの広い黒の三角帽子、そして黒の長いマントが特徴的であった。

 ブリジットと呼ばれた少女を一瞥し、マキトがアリシアに訪ねてみる。


「知り合い?」

「うん、幼なじみ。ちょっとだけ話してきてもいい?」

「いいよ。しばらくあっちのほうにいるから」


 そう言って、マキトと魔物たちはその場を後にした。特にすることもなかったので、他の露店でも見て回ろうかと考えた。

 スフォリア王国へ通ずる国境であるためか、魔法関係の武具や道具、そして魔力を秘めた薬草なども売り出している。いつも持ち歩いている携帯食料も売っており、なんと味が違うモノまであった。

 ロップルにせがまれて二つ入りセットを二個分購入し、ふと周囲を見渡してみると、アリシアたちのいる場所から、大分離れてしまったことに気づいた。

 流石に戻ったほうが良いかと思い、マキトたちが歩き出したその時だった。


「よぉ、兄ちゃん。珍しい魔物を連れているみてぇじゃねぇか」


 野太い男の声が聞こえてきた。マキトが顔をしかめながら振り向くと、そこには人間族の冒険者パーティの姿があった。

 中心に立って見下ろしてくるリーダーらしき男は、大柄で立派な鎧を身に纏い、腰に剣を携えていることから、恐らく剣士であることが見て取れる。しかしその表情や態度からして、正直近づきたくないというのが、マキトの正直な感想であった。


「なるほど、フェアリー・シップの亜種ってところか。そんな珍しい魔物を俺たちが従えでもすりゃあ、俺たちの株もハネ上がるってもんだろう……なぁ?」


 リーダーの剣士が後ろに控えている仲間の男たちに声をかける。

 そのとおりだ、アニキに大賛成ですぜ、やっぱりアニキは賢いお方ッスねなど、調子良さそうに持ち上げている。

 正直マキトはこれ以上相手にしたくなかった。見ていて不快だったからだ。

 明らかに見下してくるだけならまだしも、ロップルのことを道具としてしか見ていない姿が醜いと思っていた。ちゃんと一生懸命生きているというのに。

 当のロップルはというと、マキトの頭の上で怯えていた。ギラついた視線に恐怖を覚えているのだ。そしてラティとスラキチは、マキトの傍らで相手を睨みつけている。これ以上相手が何かを言えば、攻撃を仕掛けかねない勢いだ。


「なぁ小僧。そのフェアリー・シップを俺たちに譲ってはくれねぇか? 勿論タダでくれとは言わねぇさ。これだけのカネをくれてやるよ」

「ぜってーやだ」


 即答だった。相手が金の入った袋を見せびらかすヒマすら与えないほどだった。

 マキトたちを除く全員が絶句した。目の前の男たちだけでなく、聞き耳を立てていた他の冒険者や商人たちも、口を開けて呆然としている。

 ちゃんと断ったと判断したマキトは、そのまま歩き出そうとする。


「ま……ま、ま、待て! いきなりそりゃあないだろう!?」


 リーダーの剣士が慌てながら呼び止める。

 マキトがうざったそうに振り向き、更にたじろぎながらも、なんとか説得しようと無理やり笑顔を作り出した。


「これだけのカネをくれてやるってんだぞ? ソイツを渡すだけで手に入るんだ。悪い話じゃねぇだろ?」

「ロップルは絶対渡さない。ましてや売り飛ばすなんざ、もってのほかだよ」


 マキトはハッキリとした口調で、堂々と言い切った。

 別に大声を出しているわけでもなければ、感情が高ぶっているわけでもない。なのに何故かリーダーの剣士は、思わず後ずさりしかけてしまった。

 このまま引き下がってたまるかと、自らのプライドがなんとか留まらせ、ギリッと歯を鳴らしながら、再度マキトを見下ろしてきた。


「じゃ、じゃあせめて、ソイツをどこで手に入れたのか教えてくれよ。それぐらいは教えてくれてもいいだろう?」


 かなり切羽詰まったかのような表情と物言いに、ここまで必死になることかと、マキトは若干の疑問を浮かべる。

 どう説明したモノかと少し考えたところで、下手に誤魔化しても面倒になるだけだろうと思い立ち、大体本当のことを喋ることに決めるのだった。


「シュトル王国で出会った。川に流されてきたのを拾って、懐かれたんだよ」


 流石にクラーレのことなどは伏せたが、我ながら良い説明だったんじゃないかとマキトは思った。

 しかし、相手は全員揃って、その事実を真剣に受け止めてはいなかった。


「……ぶっ、はははっ……はーっはっはっはっはっ! バカも休み休み言えってんだ。フェアリー・シップがシュトル王国なんかにいるわけがねぇだろうがよ!」

「適当すぎるにもほどがあるってもんだぜ!」

「ウソをつくなら、もう少しマシな言い方をしてみやがれっつーの!」


 リーダーの剣士たちを筆頭に、冒険者パーティは涙を流して爆笑していた。

 しかし、マキトの表情は全く変わらない。まるでその笑い声が、全く心に響いていないかのように。

 苛立ちが募ったスラキチやラティをマキトが無言で抑えつつ、そのまま歩き出そうとした。しかしリーダーの剣士は、まだ行かせるつもりは毛頭なかった。


「まぁ、この際どこで手に入れたかはどうでも良い。おい小僧。俺と勝負をしろ。そのフェアリー・シップを懸けて、男同士の戦いってヤツをしようじゃねぇか」

「お断りします」


 再び即答。ポーズまで決めたリーダーの剣士は、完全に固まってしまった。

 周囲から少しずつ、こらえるような笑い声が聞こえてきており、相手側は揃って顔を真っ赤に染まらせていく。それは見事なまでに、相手側の怒りを最大級に燃え上がらせる良いキッカケとなるのだった。


「……いい度胸だ。褒美に俺たちの力を見せつけてやろう……」


 指をバキバキと鳴らしながら、リーダーの剣士はマキトたちを睨みつける。

 やっぱりこうなるのかと、マキトが後ろを振り向いたその時だった。


「そこまでにしてもらおうか」


 どこからか男の声が聞こえてきた。マキトと魔物たちが周囲を見渡すと、小さなドラゴンを肩に乗せて近づいてくる男がいた。

 立派な鎧を身に着け、長剣を背負っている。一歩一歩踏みしめるように堂々と歩いてくるその姿は、どことなくベテランな風格を醸し出していた。

 人間族でないことは明らかだが、獣人族やエルフ族ともまた少し違う。耳の形が歪なことに加え、彼の頭に二つのツノが生えている。まるで悪魔を連想させるかのように。


「魔人族の剣士だぜ。なんだか手練れって感じがするぞ?」

「あぁ、風格がモノを言ってやがるな……」


 周囲からのヒソヒソ声で、ドラゴンを連れた男が『魔人族』だと判明した。


(へぇー、魔人族ってあんな感じなんだ……)


 マキトが思わず興味深そうに、ドラゴンを連れた男を凝視する。

 魔人族の特徴は、それとなく聞いたことはあった。しかし実際に見てみると、やはり少なからず驚いてしまう。

 彼の場合は、魔人族の特徴の中の一つに過ぎないのだろう。他にも様々な特徴を持つ魔人族がいるのかもしれない。

 マキトがボンヤリ思っていると、男がため息を尽きながら冒険者たちに告げる。


「これ以上の見苦しい騒ぎは止めておけ。お前たちの風格を落とすだけだぞ」

「うるせぇなぁ、次から次へと! テメェは一体何様のつもりだ!?」

「俺か? 俺はこんな感じの者だが……」


 ドラゴンを連れた男は、リーダーの剣士に自身のギルドカードを見せる。

 するとリーダーの剣士の表情が、段々と驚愕に染まっていく。


「ラ、ランクAだとぉ?」


 リーダーの剣士の叫び声が響き渡り、それが周囲をも驚かせる。

 最高クラスと言われているランクAの冒険者が、目の前に君臨した。その事実に驚くだけでなく、感激する者も多く見られていた。

 一方で相手側は、口をあんぐりと開けたまま驚愕するばかりであった。心なしか体も振るえている様子が見られていたが、仲間の一人がなんとか声を絞り出す。


「そ、それ以前に何で、オランジェ王国の冒険者がこんなところに?」

「遠征でたまたま通りかかっただけだ。別に不思議なことでもないだろうに。それで、どうするんだ? そこまで勝負がしたいんなら、俺が代わりに相手をしてやるが?」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ドラゴンを連れた男が睨みつける。

 どう見繕っても勝てるわけがない。そう判断した冒険者たちの次の行動は、既に決まっているも同然だった。


「ぐ……い、行くぞ、お前らっ!」


 そそくさとサントノ王都側へ歩き出すリーダーの剣士に、仲間たちが慌てて後を追いかけ出す。

 やがてその一行は歩みを止めることなく、南の荒野へと姿を消すのだった。


「全く嘆かわしいモノだな。アレじゃまるっきり盗賊と一緒じゃないか」


 ドラゴンを連れた男は、溜息をつきながら言った。

 そしてマキトたちのほうを振り返り、優しそうな笑顔を見せる。


「大丈夫だったか?」

「えっと、はい。その、ありがとう……ございました」

「気にするな。俺は当然のことをしたまでだよ。それにしても……」


 ドラゴンを連れた男は、ラティ、スラキチ、ロップルの三匹を品定めするかのように見ていく。かなり鋭い視線ではあったが、あくまで興味本位に過ぎず、狙っているワケではなさそうであった。

 そんな中、彼の肩からドラゴンが飛び降りて、マキトの足元にいるスラキチへと近寄っていき、何かを話し始めた。それは次第にラティやロップルを交えて、楽しいお喋りへと発展していく。

 そんな魔物たちの様子を微笑ましそうに見下ろしながら、男は口を開いた。


「オランジェやスフォリアでもウワサでは聞いたが……魔物使いの人間族が現れたというのは、どうやら本当だったようだな」

「ウワサになってるんですか?」

「あぁ。信じているヤツは、それほど多くもないがな。実際俺もこうして会うまでは、半信半疑だったよ」


 ウンウンと頷きながら男は語り、更にマキトをジッと見つめる。


「ふーむ……キミはどうやら、冒険者としてはまだまだのようだな。ようやく半人前になれたってところか。しかし素質は十分にあると見える。今後の活躍が楽しみだな」


 男から真剣な口調で諭されたマキトは、言葉が出なかった。

 そこに、二人の会話を聞いていたラティが、少し機嫌が悪そうに男を見る。


「……マスターは、まだ一人前ではないのですか?」

「そうだな。恐らく旅立ってから、まだ半年も経っていない感じだろ? けどその様子だと、ここまでかなりの距離を歩いてきたみたいだな。もし当たってるとしたら、普通に大したもんだと思うぞ」


 マキトは男の言葉に驚いた。そして素直に喜べなかった。

 言葉の上では感心されていることは分かるが、それでも悔しさのほうが勝っている気がしていた。

 ずっと魔物たちと旅をすることしか考えておらず、周囲からの評価を気にしたことなんて、それこそ皆無に等しい。

 誰から何と言われようと、自分は自分のペースでいく。そう思っていたハズなのに、いざこうして突きつけられてみると、なんだかモヤモヤしてならない。

 しかしマキトは、何一つ言い返せなかった。悔しいけど、確かに彼の言うとおりなのだろうと思っていたからだ。


「まぁ……偶然が重なったってのは、たくさんあると思いますけどね」

「それも立派な実力のうちさ。そーゆーのに恵まれない冒険者はごまんといるもんだ。そして、降ってきた偶然を掴み損ねる、というヤツもな」


 男はどこか遠い目をしながらそう言った。

 彼自身に何かあったのか、それとも他の誰かに対して思っていることなのか。

 考えたところで判断は付かないし、マキトも特に興味はなかった。


「そーゆーモノなんですかね? 正直言って、よく分からないですけど……」

「だろうな。ま、いずれ実感するときが来るだろうさ」


 ケラケラ笑いながら、男は遊んでいるドラゴンを呼び、再び肩に乗せる。


「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ。またどこかで会いたいモノだ」


 男はマキトたちからの返事を待つことなく、その場から立ち去ってしまった。

 ずっと見物していた冒険者や商人たちも動き出し、またいつもの賑わいが戻ってきていた。

 しばらく呆然としていたところで、マキトはあることを思い出す。


「そういえば……名前とか全然聞いてなかったな」

「あー、完全に忘れてたのです。ドラゴンさんの名前も聞きそびれてましたね」

「もうあの人もどっか行っちまったし……また今度会えたら聞いてみるか」

「それが良いですね。そろそろわたしたちも、アリシアのところへ戻りましょう」


 ラティの言葉に頷き、マキトたちはアリシアとブリジットがいる場所に戻ってくる。どうやら二人は雑談に花を咲かせているようだが、様子が少し変だった。

 アリシアは顔を真っ赤にして酷く慌てふためいており、ブリジットはイタズラっぽい笑みを浮かべ、アリシアの顔を覗き込んでいた。


「ふやぁー、なんだか盛り上がってる感じですね」

「幼なじみらしいからな」


 ブリジットがアリシアに手を振りながらどこかへ歩き出した。どうやら話は終わったようだと判断し、マキトたちはアリシアの元へと歩き出す。


「おーいっ! アリシアーっ!」


 なんてことなく叫んだマキトの声に、アリシアは盛大にビクッと驚くのだった。


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