第四十四話 神殿へ急げ!



(もはや言葉なんて通じないでしょうけれど、それでも聞かないといけないわね)


 現れたシルヴィアに対し、ユグラシアが顔をしかめながら思った。

 大声で高笑いをし続ける今の彼女を見れば、誰が見てもユグラシアと同じことを思うだろう。恐怖を覚えて逃げる者のほうが多いかもしれない。

 しかしそれもまた難しいだろうと、ユグラシアもアリシアも感じていた。少しでも動けばやられる。それほどまでに周囲の気が張り詰めているのだ。

 この状況を突破するためには、わずかでも打てる手を打つしかない。

 そう思いながら、ユグラシアはシルヴィアに向かって前に出た。


「お初にお目にかかります。私はこの森の賢者にして守護者、ユグラシアと申します。サントノ王国の第二王女シルヴィア様。どうか以後、お見知りおきくださいませ」

「森の賢者……話には聞いたことがありますわ。アナタも我が王国を守ってくださっているお一人と認識しておりますわ。実に光栄にございます」


 姿勢を正して行った二人の挨拶に対して、アリシアは表情を引きつらせる。ここまで白々しく出来るモノなのかと、むしろ感心すらしてしまうほどであった。

 ユグラシアは、ひとまずのやり取りは終えたと言わんばかりに態度を切り替え、スッと目を細めた。


「早速ですがお聞きいたします。この森の騒ぎは、アナタの仕業ですね?」

「えぇ、それがいかがなされましたか?」


 笑顔でしれっと答えるシルヴィア。そこに罪悪感という文字は存在せず、それが至極当たり前であるかのように振る舞っていた。

 そんな彼女の様子に、ユグラシアは眉をピクッとさせながらも、再び質問をする。


「今の森の状況を見てなんとも思わないのですか? 森も魔物たちも、そして魔力も、皆が苦しんでいます。アナタは平気な顔をして嘲笑ってますが、それがアナタの本心なのですか? 一国の王女として、恥ずかしいとは思わないのですか?」

「えぇ、それがいかがなされましたか?」


 シルヴィアの答えに、ユグラシアは戦慄する。言葉も表情も何もかもが、さっきと同じだったのだ。

 言葉が全く届いていない。いや、そもそも聞き入れようという意思すら見られない。正しいのは自分、相手の言葉などつまらない雑音に過ぎないと、そう言っているようにすらユグラシアは思えた。


(これも闇の魔力の影響だというの? それとも、これが彼女の……)


 本心なのかもしれないと、ユグラシアはなんとなく思った。

 確かに禍々しい気はビンビンと感じるが、それにしては意識をハッキリ保っているようにも見えるのだ。

 まるで様々な重圧から解放されたかのような、ようやく自分の気持ちに正直になれて嬉しいと、そう叫びたがっているような晴れ晴れとした雰囲気。もはや物事の判断すらロクに出来ないだろう。リミッターが外れていると言えば分かりやすいだろうか。

 もはや彼女を説得することは不可能だ。そう思ったユグラシアは、質問を切り替えることにした。


「妖精の泉にたくさんの魔物たちをけしかけたのも、アナタなのかしら?」


 ユグラシアの質問に対し、シルヴィアはケラケラと明るい声で愉快そうに笑う。


「その通りですわ! あの姿を変える妖精は邪魔なんですもの。なんとか分断させたいと思っていたら、たまたま同じ妖精が密集している場所を突き止めましたので、そこに魔物をたあっくさん放り込みましたのよ♪」


 まるでイタズラが成功したかのような物言いに、ユグラシアたちは顔をしかめる。


「けれど、まさかここまで上手くいくとは……私の幸運も罪ですわね♪」


 本当に予想外だと言わんばかりに、シルヴィアは小さなため息をつく。その様子に、ユグラシアは静かに怒りをたぎらせながら、一つの疑問を投げる。


「妖精の泉の周辺には、強力な結界があったのよ? どうやってそれを……」

「ブチ破ったに決まってるじゃありませんか。たまたま一ヶ所だけ綻びがあったので、そこを突いてみたら楽勝でしたわよ♪」


 ユグラシアはそれを聞いて言葉を詰まらせる。

 確かに結界も時間が経てば劣化するし、綻びの一つや二つがあってもおかしくない。小さな綻びをピンポイントで見つけたという凄さも感じられるが、追及したところでまともな答えは得られないだろうと思い、ひとまずそこは置いておくことに。

 ここでユグラシアは、もう一つの疑問を問いただすことにした。


「たとえそうだったとしても、迷いの森を通り抜けられる理由にはならないわ!」

「それも簡単な話ですわ。お姉さまを求める愛の気持ちは、どんな魔力でも突き抜けてしまうのですから♪」


 シルヴィアはウットリとしながら誇らしげに言い放つ。

 思わずアリシアはゾクッと身震いし、スラキチは威嚇しながら、いつでも飛び出せるように身構えている。

 身の毛がよだったのはユグラシアも同じであり、何をバカなことを、と思いたくても思えなかった。

 それぐらい彼女が本気で言っているのだと、強く感じたのだ。


「お姉さまに対する愛の力は無限大。森の賢者さまの凄まじい魔力にも負けませんわ。現にこうして私は森を通り抜けてきました。そう、全ては愛なのです!」


 高らかに叫ぶシルヴィアに、ユグラシアは妙な気分に駆られていた。

 バカげているハズなのに聞いてしまう。なるほどなぁと普通に思えてしまう。チラッとアリシアとスラキチを見てみると、疑っている様子はなかった。もっともそんな余裕がないだけかもしれないが。

 すると、シルヴィアが急に大人しくなる。笑みが消え、俯いたまま押し黙っている。

 一体どうしたのだろうかとユグラシアが疑問に思っていると、シルヴィアがブツブツと呟く声が聞こえてきた。


「お姉さま……我が愛しのアリシアお姉さま。この私が今すぐお救い致しますわ。そこの賢者という名の女狐なんかに、私の愛する人は……絶対渡しませんっ!!」


 そう叫んだ瞬間、シルヴィアの周囲を黒い魔力のオーラが吹き荒れる。

 開かれた目は血走っているどころか真っ赤に染まっており、なおかつ歪んだ表情が、見た者を恐怖に誘い込む。

 それは決してハッタリなどではない。気を引き締めていかなければ、たちまち相手の思うツボとなってしまうと、ユグラシアもアリシアたちも、強く思っていた。


(少し……厳しい戦いになるかもしれないわね)


 ユグラシアはそう思いながら、シルヴィアを相手に臨戦態勢を取るのであった。



 ◇ ◇ ◇



 森の中を走るマキトたちの前には、たくさんの野生の魔物が立ちはだかっていた。皆こぞって闇に侵されており、倒して進む以外の選択肢はなかった。

 一匹一匹の強さはそれほどでもなかったが、如何せん数が多すぎるため、なかなか先へ進めないでいた。


「長老様、やっぱりわたしも戦うのです!」

「お前はこの戦いにおける大事な切り札なんじゃ。こんなところでムダに力を使わせるわけにはいかん。黙ってワシらの戦いを、その目にしっかりと刻み込んでおけ!」


 ロズがそう叫ぶと同時に、魔法で魔物たちを蹴散らしていく。レゾンも必死に魔物を倒していくが、やはり少しキツそうであった。

 それでも決して音を上げない。必ず自分たちの手で、マキトたちを神殿まで導いてやるんだと、そういう強い意志が感じられた。

 そんなロズやレゾンにもどかしさを覚えつつ、マキトたちは森の中を進んでいく。

 しかし野生の魔物は減るどころか、むしろ増えつつあった。


「くそぉっ、なんだってこんなに……いつもはこんなんじゃないだろうが!」


 とうとうレゾンが苛立ちを爆発させ、がむしゃらに魔法を打ち込んだ。野生の魔物を数匹ほどまとめて倒したものの、闇雲に打ち込んだため、ダメージはバラバラとなってしまっていた。

 おかげで再び立ち上がる魔物の姿も見られ、それが余計にレゾンのストレスを上げていく。それを見かねたロズが、魔法を解き放ちながら叫んだ。


「レゾンよ、気を引き締めんか! 少年とクーを神殿に導くのではなかったのか!?」

「っ……すみません! 私としたことが……」


 我に返ったレゾンが顔を振りかぶり、息を吐いて気持ちを落ち着かせる。そして再び魔法で魔物をなぎ倒していく。その表情に苛立ちや焦りはもうなかった。

 しかし、状況が良い方向に変わることはない。ここはやはり、自分も出るしかないとラティが思い始めたその時だった。


「ギャウゥッ!?」


 とある別の方向から魔法が飛んできて、野生の魔物の顔面に命中する。

 一体何が起こったのか、ラティがその方向を見てみると、見知った顔ぶれがたくさんそこにいた。


「クー、助けに来たぞ! 皆でやっちまえーっ!」

『おおぉーっ!!』


 妖精のビニーの掛け声に、茂みの奥から次々と妖精たちが飛び出してくる。その光景にロズやレゾンが驚きを隠せないでいた。


「お前たち……泉で待っておるハズではなかったのか?」

「すみません長老様。やっぱりどうしてもクーを放っておけなくて……それに、怯えているままだなんて嫌だったんです!」


 ビニーの言葉に、他の妖精たちもその通りだと言わんばかりに頷いていた。ロズはそれを見て、呆れ果てたようにため息をつく。


「バカ者どもが……泉に戻ったら、罰としてワシがお前たちを鍛え直してやる。これは立派な連帯責任じゃ。せいぜい覚悟しておけ!」

『はいっ!』


 威勢の良い返事とともに、妖精たちは一斉に動き出す。魔法と羽根を使った機動力を駆使し、魔物を翻弄しながら打ち倒していく。

 道が切り開けてきた。さっきまで思うように進めなかったのがウソのようであった。おかげでラティもロップルも、未だに能力を温存したままであった。

 ちなみに現在のラティは変身状態を保っている。

 神殿につくまでは解除しておいたらどうだとマキトは言った。そのほうが力の消費も抑えられるだろうと思ったのだ。

 しかしラティ曰く、ただ移動するだけなら変身したままのほうがいい、むしろそのほうが力を温存できていい、と言ってきたのだ。どうやら変身したり解除したりを短時間で繰り返すのは、逆効果であるらしい。

 マキトがチラッとラティのほうを見ると、平然とした様子で進んでいた。我慢している様子も見られない。

 これなら大丈夫そうかと思い、マキトは余計な考えを捨て、神殿に向かってひたすら走るのだった。


「神殿が近づいてきました。しかし、この禍々しい魔力は一体……」


 顔をしかめるレゾンの視線の先には、薄暗い神殿の広場があった。空一面を暗雲が立ち込めており、途轍もない不気味さを演出している。

 マキトたちが乗り込もうとしたその瞬間、凄まじい爆発音が聞こえてきた。



 ◇ ◇ ◇



「予想外だったわ。まさかこれほどの力を持っているとはね」

「そちらこそ。流石は森の賢者さまですわね。まだまだ倒れないご様子で」


 爆炎が晴れていく中、ユグラシアとシルヴィアが睨み合う。

 お互いに息は乱していなかったが、明らかにユグラシアの表情からは余裕さが消えていた。対するシルヴィアは、まだまだ余裕があると言わんばかりに、流暢な笑みを浮かべている。

 一筋の汗が頬をゆっくりと伝っていくのを感じながら、ユグラシアは思った。


(このままじゃ勝てないわ。私の得意分野は、結界などの広範囲に影響を及ぼすモノ。攻撃魔法では完全にシルヴィアさんに押されている。となると、この中で一番攻撃力が高いのは……)


 ユグラシアが見下ろしたその先には――


「キィッ!」


 満身創痍となったスラキチが、気力を振り絞ってシルヴィアを睨みつけていた。


「スラキチ……」


 その後ろでアリシアが杖をギュッと握り締め、力のない自分にもどかしさを覚える。相手が悪すぎるとはいえ、情けないと思わずにはいられなかった。


(シルヴィアさんを鎮める手段はある。けどそれには、準備する時間が必要だわ。今の彼女には、隙をつくのも至難の業。明らかに力が違い過ぎる。情けないわ……森の賢者ともあろう私が、こんな無様な姿を見せるとはね……)


 自分のテリトリーに、こうも簡単に外からアッサリと入り込まれてしまった。異変に気づいた時点で、色々と施せる手はあったハズだ。平和が続いて、知らず知らずのうちに油断していたというのか。

 ユグラシアがそんな後悔の念を抱く中、シルヴィアが晴れやかな笑顔を浮かべた。


「さて、そろそろ終わりにいたしましょうか」


 そう言いながら、シルヴィアは両手をかざして魔力玉を生成しようとする。その笑顔がこの上なく恐ろしいと、アリシアはスラキチを抱き上げながら思った。


「最後はひと思いにして差し上げます。勿論お姉さまには無傷で……ぐっ!!」


 その瞬間、後ろから凄まじいスピードで蹴りが撃ち込まれ、シルヴィアは思いっきり吹き飛ばされる。

 地面を派手に転がる音が響く中、シュタッと華麗に降り立った美女が顔を上げる。


「ふぅ、今日この展開は二度目なのです♪」


 変身したラティの声が、どこか楽しげに響き渡る。しかしその直後、吹き飛ばされたシルヴィアが立ち上がってきた。


「ジャマを……するなあアァーッ!!」


 シルヴィアは怒りに任せて、闇の魔力玉をラティに放つ。あまりにも突然のことで、ラティ自身も全く反応ができなかった。

 大きな爆発音が起き、真っ白な煙が巻き起こる。

 アリシアたちが呆然とする中、シルヴィアだけが笑みを浮かべていた。邪魔者を吹き飛ばしたと思っているのだ。


「ククク、ワタクシを怒らせてタダで済むと……っ!?」


 シルヴィアは驚いた。ラティは無傷で笑っていたからだ。

 一体どういうことなのかと思ったその時、一人の少年が一匹の魔物を肩に乗せ、彼女の前に立っていることに気づく。


「へへ……ちゃんと俺たちもいるぞ」

「キュウッ!」


 マキトとロップルが、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 ギリギリのところで現れた助太刀に、アリシアとスラキチは、希望に満ちた笑顔で涙ぐむのだった。


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