第四十三話 シルヴィア、襲来!
時は少しだけ前に遡る――――
十分に休息を取ったマキトたちは、釣った魚を土産に神殿へ戻ろうとしていた。
空は夕焼けに包まれており、あと少しもすれば夜が訪れる。これ以上のんびりしていたら真っ暗になり、やむなく河原で一夜を過ごさなければならなくなる。夜の森というのは、それほどまでに危険な場所なのだ。
「そろそろ帰ろうか。忘れ物はない?」
『はーいっ!』
アリシアの掛け声に、マキトとラティが元気よく返事をする。ロップルとスラキチも一緒に鳴き声で返事をしていた。
釣りを終えたマキトたちも、スラキチやロップルと一緒に昼寝をしていた。おかげで疲れもすっかり吹き飛び、体も軽くなっていたのだ。
ただ、長時間眠ってしまったことで、夜眠れなくなるのではという心配もあったが、アリシア以外の面々は全くそんなことは考えていなかった。
マキトたちが広場を後にしようとしたその時――――それを感じた。
「なっ!?」
ぞわり、とおぞましい感覚が、マキトたちの体を通り抜けた。
一体何が起こったのか、マキトがそう疑問に思っていると、ラティが険しい表情で森を見渡していた。
「この魔力……物凄く歪んでいるのです。確か前にも似たようなモノが……」
おぞましい魔力が流れている。それは分かったのだが、同時に途轍もなく嫌な予感がマキトの中を走った。
なんとなくアリシアのほうを見てみると、ブルブルと体を震わせ、恐怖と戦っている姿が見られた。一ヶ月ほど前、サントノ王国南の森で起こった激しい戦いを、マキトは思い出す。
闇の魔力はあの時全て浄化したハズではないのか。まだ残っていたというのか。
そんな疑惑がマキトの頭の中を駆け巡っていたその時、森の中からユグラシアが息を切らせて駆けつけてきた。
腕に何かを抱きかかえながら、息を整えつつマキトたちに微笑みかける。
「良かった……皆は無事みたいね」
「ユグラシアさま? それと、その子は……」
ラティはユグラシアの腕に抱かれている存在に目を向ける。
妖精の少年がぐっすりと眠っていた。その服は攻撃で設けたのか、黒焦げでボロボロになっていた。
「偵察に出ていたボーロよ。闇の魔力に襲われていたところを、転送魔法で助けたの。危なかったわ。あと少し遅かったら、この子は今頃……」
妖精の泉からレゾンという妖精の青年が、事態の異変について報告に来た。その直後にボーロが危険にさらされていることを感じ取ったらしい。
そこでユグラシアはマキトたちの様子が気になり、こうして駆けつけてきてくれた、というわけだ。
マキトたちの無事に一安心したユグラシアは、森の異変について意識を切り替える。
「レゾンの報告によれば、獣人族の少女が闇の魔力を身に纏って現れたらしいわ。立派な鎧とサーベルを身につけてね。どこかの貴族かしら?」
ユグラシアの言葉に、マキトたちは思わずビクッとなってしまった。彼女が追いかけてきたのだと、嫌でも理解せざるを得なかった。
そしてその反応を、ユグラシアは見逃さなかった。
「どうやら、何か知っているようね。話してくれるかしら?」
有無を言わさないという鋭い視線で、ユグラシアがマキトたちに問いかける。
マキトたちは観念して、サントノ王都で起こったシルヴィアの一件を、ユグラシアに洗いざらい話した。
それを聞いたユグラシアは、表情を一瞬固めた後、深いため息をついた。
「そんなことが……大変だったのね」
気を遣うユグラシアに、マキトは手のひらを横に振る。
「いえ。でもどうして、あのお姫様にまた闇の魔力が纏わりついたんだろう?」
「メルニーさんが全部浄化したって言ってましたよね?」
ラティの疑問に、マキトたちが首を傾げる。ここでメルニーが呟くように言った。
「恐らく、小さな魔力がカケラのように残っていたんでしょうね。それが何らかの形で再びシルヴィアさんに宿って、意識を開放させた」
「要するに浄化しきれていなかった?」
「まぁ、そういう見方になるでしょうね。もっともこれは、仕方のない部分も多いわ。浄化は決して万能ではないからね」
加えて、再び悪い魔力が付け入る隙を与えたという意味では、間違いなくシルヴィアの失態と言えるが、この点に関してはシルヴィアは口には出さなかった。
マキトたちはあくまで巻き込まれているだけ。そこまで言う必要はないと判断し、話を進めることにする。
「とにかく今考えるべきは、この異変をどうにかすることよ。まずは……」
「ユグラシア様!」
突然の大声が横から割り込んできた。振り向いてみると、一匹の妖精の青年が、慌てて飛んできていた。
シルヴィアは目を見開いて、その妖精の青年に問う。
「レゾン、泉に戻ったハズでは?」
「その泉が大変なんです。闇に侵された魔物たちが、たくさん押し寄せていて……」
切羽詰まったようにレゾンは言う。マキトがラティを見ると、やはり驚いている様子を見せていた。
次に彼女が何を言うかも、マキトは手に取るように分かっていた。
「わたし、妖精の泉に行ってくるのです! もう追い出された身ですけど、放っておくことなんてできないのです!」
「俺も一緒に行くよ。ラティの変身は、俺がいないとできないだろ?」
「マスター……」
呆然とするラティに、マキトが強い笑みを浮かべる。最初からそう言うと思っていたよと、その視線が語り掛けていた。
ユグラシアは驚いていたが、すぐにいつもの笑みに切り替わった。
「分かったわ。クーちゃんの力があれば、百人力だものね。気をつけて行くのよ」
「ありがとうなのです。マスター、行きましょう!」
「おう」
マキトは頷き、肩に乗るロップルと、足元にいるスラキチに告げる。
「ロップルは俺と一緒で。スラキチはこのまま、アリシアたちについていてくれ。頼めるか?」
「ピキーッ!」
スラキチは任せろと言わんばかりに、威勢よく鳴き声を上げた。
「よし、じゃあ行こう!」
マキトたちは二手に分かれ、神殿と泉に向かって、それぞれ走り出すのだった。
◇ ◇ ◇
「そういうことじゃったのか……助けに来てくれたこと、本当に感謝する」
ロズがマキトとレゾンから事情を聞き、深々と頭を下げた。
既に戦いは終わっていた。ラティの大活躍により、攻め込んできた魔物たちを一掃してしまったのだ。
マキトとロップルも、防御強化能力を駆使して動いてはいたが、殆ど自分たちの身を守ることに徹する形となっていた。そして妖精たちもまた、ラティの華麗な戦いぶりに魅了されていた者が殆どであり、未だに顔を赤らめてポヤーッと呆けている姿も少なからず見られる。
もはやラティだけで倒してしまったといっても過言ではなかった。
しかしそれをマキトが言ったところ――
「そんなワケないじゃないですか。マスターがいてくれたから勝てたのですよ♪」
と、胸を張りながら満面の笑みでそう答えた。
まだ変身したままであるため、その笑顔の眩しさにノックアウトされる妖精も続出しているのだが、ラティ自身はマキトしか見えておらず、まるで気づいていない。
「はは……それにしても、随分アッサリと終わったもんだな」
マキトは苦笑しつつ、周囲を見渡しながら言う。
「魔物も思ったほどいなかったし……なにより、お姫様もいなかったもんな」
その瞬間、ロズの動きがピシッと固まり、少しずつ表情を険しくさせる。
「マズイことになったな……ワシらはあくまで囮にされただけじゃ。黒幕は恐らく神殿に向かっておるぞ!」
ロズの叫びに、周囲は緊張を走らせる。どういうこと、もう終わったんじゃないの。そんな妖精たちのザワつきが膨れ上がってくる中、レゾンがロズに問いかけた。
「囮って、それは一体、どういうことですか?」
「妖精の泉に魔物をけしかければ、ユグラシア様がそれを察知なされて、助けに来てくださることは想像に容易い。そこを狙っておるのか、もしくは神殿を乗っ取ろうとしておるのかは分からんがな」
それを聞いたレゾンは言葉を詰まらせる。そこにマキトが呟くように言った。
「じゃあ俺たちは……まんまとそれに引っ掛かった?」
「うむ。とにかく神殿に急がねばなるまい! ユグラシア様の安否が気がかりじゃ!」
焦りを募らせるロズの言葉に、レゾンは静かに頷いた。そしてマキトもまた、表情を引き締めつつ、ラティに問いかける。
「ラティ、まだ行けるか?」
「勿論なのです! このまま神殿まで全速力なのです!」
ラティは自信満々にガッツポーズをしながら言う。マキトの肩に乗るロップルも、それに便乗するかのように威勢の良い声を上げた。
そんなマキトたちの様子にロズが頷いた後、泉の妖精たちに視線を向けた。
「お前たちはここで待っておれ。決して外へ出るでないぞ。どんな危険が潜んでおるか分からんからな!」
その言葉に妖精たちは難色を示したが、ロズの意見は変わらなかった。結局しぶしぶながら頷いてはいたが、本当に大丈夫かなとマキトはひっそりと不安に思っていた。
レゾンでさえマキトと同じことを考えており、心配そうにロズを見ていたが、肝心のロズは神殿とユグラシアの安否で頭がいっぱいであった。
いくらロズといえども、今回ばかりは余裕がないということだろう。
マキトはそう思いながら、ロズやレゾンも交えて、再び森の中に飛び出していった。
「さぁ行くぞ、ユグラシア様の元へ!」
ロズの掛け声に頷き、変身したラティとマキトが先導して走り出す。
まだ日が落ちてないというのに、森の中は闇のように黒く染まっているのだった。
◇ ◇ ◇
一方、アリシアとスラキチ、そしてユグラシアは神殿に戻ってきた。
森はかなり闇に侵されてはいたが、神殿は被害を免れていた。ユグラシアが帰ってきたことに気づいた野生の魔物が、次から次へと建物の陰から姿を見せる。
敵意はなく、不安で怖かったと言わんばかりに、魔物たちは鳴き声を上げながらすり寄ってきた。
「怖かったでしょう? ここにいれば大丈夫だからね」
ユグラシアが優しい笑顔で魔物たちを宥める。どことなく力強さも感じ、魔物たちからも不安が取り除かれていく。
そんな中、アリシアが闇に飲み込まれていく森の様子を見つめ、顔をしかめていた。
「でも、シルヴィア様が現れるのも時間の問題なんじゃ……闇の魔力も、すぐそこまで近づいていることですし……」
「いくら闇の魔力に支配されていても、この迷いの森を一直線に抜けるなんて、それこそ不可能に等しいわ。だからアリシアさんも心配しなくて大丈夫よ」
ユグラシアに励まされるが、やはりどうしてもアリシアは、不安が拭えないでいた。
確かに森の賢者の魔力は凄まじいモノだ。ユグラシアの言うとおり、そう簡単に突破できることはないだろう。
しかし果たしてその認識が普通に通じるほど、今のシルヴィアは魔物な状態だと言えるのだろうか。むしろその予測をあっという間にブチ破り、愛の力などと豪語しながら飛び込んでくるほうが、よっぽど自然だとすら思えてきてしまう。
数ヶ月前の出来事を思い出してしまい、アリシアが体を震わせたその時――明らかに魔力の流れが変わるのを感じた。
「……ピキィッ!!」
スラキチが神殿を背に、森の方向を見ながら叫び、激しく威嚇する。アリシアはその様子を見て、何かが近づいてきていると判断した。
そしてユグラシアは周囲を見渡しながら、信じられないと言わんばかりに驚愕する。
「まさか私の魔力をかいくぐるなんて……なんて凄い魔力なの?」
「色々な意味で、常識を逸脱しているんですよ。数ヶ月前もそうでしたから」
「そ、そう……理解はしがたいけど、ひとまずここは納得しておくわ」
少なくとも迷いの森を一直線に突き抜けられたことは確かなのだ。今はそれを認め、迫り来る敵を迎え撃つことがもっとも大事だと、ユグラシアは思うことにした。
森の魔力が更に激しく歪みだす。空に暗雲が立ち込めり、生温い風が強く吹きつけてきて、妙に気持ちが悪い。
やがて森の奥から、ドス黒いオーラを纏った人影が、ゆっくりとその姿を現した。
「来ましたね……」
その人物の姿を見たアリシアが、頬から一筋の汗を伝わらせる。
上質の甲冑に身を包む獣人族の少女。その肌が紫に変色しているのは、闇の魔力に侵されている影響であるのだろうと想像できた。
真っ赤な目とずっと浮かべられているニヤッとした笑みが、なんとも言えない不気味さを醸し出している。
紛れもなくその獣人族の少女は、サントノ王国第二王女のシルヴィアであった。
シルヴィアの体からは、漆黒のオーラが噴き出し続けている。それがアリシアたちに更なる緊張感を走らせていた。
「スラキチ。マキトは今ここにいないけど、一緒に戦ってくれる?」
「ピキィーッ!!」
アリシアの問いかけに、スラキチが威勢よく叫ぶ。
それと同時に、シルヴィアの視線がアリシアを直接捕らえ、まるで獲物に狙いを定めるかのような鋭い視線を送り、そして小さく笑う。
「やっと見つけましたわ、お姉さま。もう逃がしませんことよ、フフッ……♪」
シルヴィアの弾むような声は、実に楽しそうであった。そしてそれは、アリシアたちの中に更なる大きな恐怖の波を走らせ、背筋をビクッと震わせるのだった。
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