第三十五話 北へ



「おぉ、レティシア。よくぞ無事に帰ってきてくれたな」


 国王が遠征に出ていた第一王女のレティシアを笑顔で迎え入れる。

 シルヴィアの姉だけあって、顔立ちも割と似ている。明らかに妹と違う部分があるとすれば、髪の毛の色と胸の大きさだろう。

 妹の銀髪とは対照に、腰までふんわりと伸ばしている金髪。そして妹以上の、もはや爆乳と言っても差し支えないほどの豊かな胸。不思議なことに全くもってイヤらしさがなく、むしろ彼女の溢れる気品にピッタリ当てはまるほどであった。

 もしかしたら彼女の気品が、そのスタイルを作り出したのではないかと、半ば本気で思えてしまうくらいに。

 そんな彼女の表情は疑惑に満ちていた。無理もない話だ。久々に帰ってきたら、王宮内が荒れ果てていたからだ。建物の破壊という物理的な意味ではなく、人々の心があまりにも憔悴しきっているという形で。


「お父様。私がいない間に何があったのか、ちゃんと説明してくれますかしら?」


 レティシアの冷静な口調に、国王は表情を強張らせる。

 真実を包み隠さず語らなければ許しません。そう言われたような気がしたのだ。傍に控える大臣をチラリと見ると、冷や汗を流しながら硬直している。

 ここで隠しても城の様子からして、いずれは分かってしまう。今のうちに話してしまったほうが良いと判断し、国王はレティシアに、事の次第を全て話すのだった。


「あの子が……そんなことを……」


 信じたくないけど、信じるしかない。レティシアの表情は悲しみに満ちていた。

 話を聞き終えたレティシアは王の間を飛び出し、ラッセルたちの元へ向かう。そして三人に対して謝罪の言葉とともに、深く頭を下げた。

 もはや土下座をしているも同然であり、場所も廊下のど真ん中ということでかなり目立っている。三人はとりあえずレティシアを落ち着かせ、改めて話をするのだった。


「私からあの子に厳しく言って聞かせます。第一王女として、一刻も早くこの事態を収束させねばなりません!」


 レティシアがラッセルたちにそう固く誓った。

 その姿には頼もしさを通り越して、まるで神々しさすら感じていた。これならば本当に事態が一気に好転するかもしれないと、そう思えてしまうほどであった。

 しかし現実は非常であった。物事というのは簡単に運ばない。そのことを改めて一同は思い知らされることとなるのだった。


「あの子が……どこにもいない?」


 門番に声をかけ、シルヴィアの部屋に入ったレティシアの第一声であった。

 血相を変えてダグラスが押し込むように中へ入ると、確かに部屋はもぬけの殻となっていた。その瞬間、顔を真っ赤にして門番を睨みつける。


「おい! シルヴィア様は部屋を出ていないハズじゃなかったのか!?」

「そ、それは間違いありません!」


 恐怖で後ずさりながら、門番は必死に声を出す。もう一人の門番も首を縦に高速で振り続け、同意の意味を示していた。

 しかし現にシルヴィアは部屋から抜け出した。そのことを改めて問い詰めようとダグラスが口を開きかけたその時、メルニーがちょっと失礼、と断りを入れて部屋に入ってきた。そしてあることに気がついて、表情を引きつらせる。


「これは……あの時の魔力の気配? でも確かに浄化させたハズ……まさか!」


 メルニーの頭の中に、最悪のシナリオが思い浮かんでいた。


「シルヴィア様は、またしても黒い魔力に取り憑かれたかもしれません」

「バカな!? あの魔力はメルニー殿が浄化されたハズでは?」


 ダグラスが慌てて否定すると、メルニーは静かに首を横に振る。


「確かに浄化はしましたが、何かの拍子で微量でも魔力が消えずに残っていたのだとすれば話は別です。とても強力な魔力故、憑りついていた者を主と見なし、魔力自身が主を探して数日もの間、彷徨い続ける可能性もあり得ます」


 メルニーがそう言った瞬間、ジルが思い出したような反応を見せた。


「そういえば、シルヴィア様と森で戦った時、やたらめったらと黒い魔力の粒子が暴れ回っていたんだけど、もしかしてそれが残ってたとか?」

「恐らく……そう考えるのが自然かと。面目次第もございません。私がもっと注意を払っていればこんなことには……」

「今は後悔していても仕方がありません。それにこれは、決してメルニー様の責任ではございませんよ。シルヴィアをずっと見逃してきた、私たち王家の責任です」


 肩を落とすメルニーを、レティシアが慰める。慈愛に満ちたその表情に、周囲も自然と笑顔が戻りつつあった。

 次に動き出したのはダグラスであった。


「お前たち! シルヴィア様の手掛かりを一刻も早く見つけ……」

「ダグラス隊長おぉーっ!」


 門番二人に命じようとした矢先に、またしても兵士の一人が駆けつけてくる。


「ご、ご報告したいのですが、よろしいでしょうか?」

「どうした? 今度は何があったんだ?」


 流石に同じようなパターンが続いているせいか、ダグラスはウンザリしていた。

 しかし次の言葉によって、その表情を急変させることになるのだった。



「シルヴィア様らしきお方が、王都から北に向かって進んでいる姿を見かけたと、旅の商人からの情報が入りましたっ!」



 周囲の者たちが、一斉に報告を入れた兵士に注目する。ダグラスも同様であり、流石に信じられず重ねて問いただすことにした。


「……それは、本当に間違いない情報なんだろうな?」

「商人が言うには、その者は王家の紋章の入った鎧とサーベルを身に着け、外見は銀髪の獣人族の少女であったそうです。なんでも、以前お見かけしたシルヴィア様のお姿に酷似していたとかで……」


 ダグラスは閉口してしまった。前例がある以上、あり得ないとは言えないからだ。

 とりあえずしっかりと報告は受けたため、ダグラスは兵士に告げる。


「そうか。ご苦労だった。念のため、引き続きシルヴィア様の行方を探るように、他の部下たちにも伝えてくれ」

「はっ!」


 兵士は敬礼して部屋を後にした。ここでラッセルが一つの可能性を見出した。


「もしかしてシルヴィア様は、スフォリア王国へ行こうとしているのか?」

「あるいは、ユグラシアの大森林かもしれない。アリシア……ううん、マキちゃんたちの次の目的地がそこだったハズだから」

「……あり得そうな可能性だな」


 ジルの仮説のほうがより信ぴょう性は高そうだと、ラッセルはそう思っていた。

 なにせ彼女は、アリシアに文字通り狂わんばかりに惚れ込んでいるのだ。魔力以前に愛の力で居場所を突き止める。彼女なら本当にやりかねないだろうと、本気でそう思えてならなかった。


「ここはひとまず、お父様に全てを報告しましょう。考えるのはそれからです」


 レティシアの発言に皆が頷き、すぐさま国王の元へ向かい、事の次第を話した。

 話を聞いた大臣は口を開けて絶句し、王妃は頭を抱えて深いため息をつき、国王は拳を震わせていた。バカ娘がという呟きが、聞こえたような気もした。


「ラッセル殿、そなたたちに改めて頼みたいことがある。ダグラスやメルニー殿と北へ向かい、シルヴィアを連れ戻してほしい!」


 国王がラッセルたち三人に頭を下げる。そして更に、申し訳なさそうな表情を浮かべて付け加えるように言った。


「ここの兵士たちも出してやりたいところだが、何分すっかり疲弊しているモノでな。それに今のアイツの状態を考えると、下手に大人数で向かうほうが危険だと思う。どうかこの話を受けてはくれんか?」

「お任せください。自分も仲間の安否が気になっておりました。国王のお心遣いには、本当に感謝いたします」


 国王の願いに、ラッセルは笑顔で頷いた。それに対して今度は王妃が、ラッセルたちに向かってゆっくりと頭を下げる。


「こちらこそ。話を受けてくださって感謝いたします。早速、一台の馬車の用意を」

「はっ!!」


 大臣が駆け足で王の魔を後にする。そして早速ラッセルたちは、ダグラスとメルニーを交えて、北へ向かう段取りを話し始めるのだった。

 そして翌日、ラッセルたちは極秘に、サントノ王都を出発しようとしていた。


「これより、シルヴィア様の捜索で北へ向かう。……出発!」


 ダグラスの掛け声によって、ラッセルたちを乗せた馬車が動き出す。

 一週間ぶりに雨が上がり、空は再び雲一つない青さが広がる。国民は心の底から安心したかのような笑顔を見せ始め、町は再び明るく活気づき始めていた

 後ろから風に乗って、街からの活気づいた声が聞こえてきたような気がした。



 ◇ ◇ ◇



 とある夜。月が照らす荒野の下を、シルヴィアは歩いていた。

 真っ赤な目をギラつかせて、黒い闇の魔力を体から噴き出させるその姿は、周囲の魔物たちを避けさせる。


「オネエサマ……決してアナタを逃がしマセンから。ウフ……ウフフフフ……♪」


 シルヴィアの呟きは、夜の冷たい風にかき消されていくのだった。

 そこにキラータイガーが通りかかり、キラータイガーは警戒心とともに唸り声をあげてくる。

 シルヴィアは立ち止まり、真っ赤に染まった目をキラータイガーに向けた。


「ガ……ガウッ!?」


 おぞましい気配が襲い掛かってきた。相手を威嚇しようにも、唸り声すら上手く出せない。このまま相手を仕留めにかかるだなんて、それこそもってのほかであった。

 キラータイガーが途轍もない恐怖を覚え、自然と一歩だけ後ずさる。するとそれに合わせるかのように、少女が足を一歩踏み入れてくる。キラータイガーからしてみれば、もはや恐怖以外の何者でもなかった。

 シルヴィアはニヤリと笑みを浮かべ、口の端を不気味なくらいに吊り上げる。

 赤い目も相まって、まるで悪魔のような雰囲気を強く感じさせ、もはや人には見えないほどであった。

 これ以上は危険だ。そう判断したキラータイガーは、一斉に逃げ出そうとする。

 しかしそれは叶わなかった。シルヴィアが鋭い眼力を飛ばしてきて、体が石にでもなったかのように硬直してしまったのだ。


「ガウ……ガアアァーーッ!」


 動きたくても動けない。悪あがき同然に声を上げることしかできない。

 獣人の姿をしたおぞましい悪魔が……恐怖の塊そのものが、キラータイガーたちにゆっくりと迫る。真っ赤な目に吊り上がる口元。怖くて仕方がないのに、何故か目を逸らすことができなかった。

 やがてシルヴィアは、キラータイガーに触れられるほどの位置までやってきて、不気味なほどの赤い目をクワッと見開いた。


「(ビクンッ!)」


 キラータイガーの体が、更なる恐怖によって大きく揺れ動いた。

 そして――


「ガアアアァァォォオオオーーーンッ!」


 一匹の獣の凄まじい叫び声が、広い広い荒野を響き渡らせる――――。



 ◇ ◇ ◇



「……ん? 何だ、今の?」


 マキトが立ち上がり、夜の荒野を見渡した。野営中で焚き火を囲っており、それぞれが温かい夕食を楽しんでいる最中の出来事であった。

 携帯食料をモシャモシャと食べながら、ラティが顔を見上げる。


「キラータイガーに聞こえましたが……かなり遠い感じだったのです」

「そっか」


 マキトは再び腰を下ろした。不意にガサッと薪が崩れる音がした、その瞬間――


「……っ!」


 暖かいお茶を飲んでいたアリシアが、ブルッと身震いをした。


「どうかした?」


 マキトが訪ねると、今度はアリシアは不安そうにキョロキョロと辺りを見渡す。


「いや、なんかちょっとゾッとして……何か嫌な予感がしたというか……」

「もしかして魔物か?」


 マキトがそう言った瞬間、ラティがとある方向を見て指をさす。


「何かがこっちに近づいてくるのです!」

「なんだって!?」


 マキトと三匹が立ち上がり、ラティが指を差す方向を見る。

 すると確かに、一匹の何かが近づいてきていた。唸り声は聞こえず、ゆっくりと淡々とした動きであった。

 スラキチが一歩前に出て威嚇しようとしたその時、何かに気づいた反応を見せ、やがて驚いた表情に切り替わる。その理由は、焚き火の明かりで正体が映し出されたことで判明した。

 正体はキラータイガーだった。そしてそれは、マキトたちにとって記憶に新しい存在でもあった。


「お前……もしかしてあの時のキラータイガーなのか?」


 マキトは目を見開きながら問いかけると、キラータイガーはコクリと頷いた。

 三匹の魔物たちも驚く中、経緯を知らないアリシアは、その様子を見てかなりの戸惑いを見せていた。


「知り合いなの?」

「南の森の入り口で助けたのです。でもどうしてこんなところに?」


 ラティが問いかけると、キラータイガーは鳴き声で答える。当然マキトにはその意味は分からない。

 やがて話し終えたラティが、深く頷きながらマキトのほうに振り向いてくる。


「たまたま近くを移動していたみたいですね。マスターの匂いを感じて、ここまで来たみたいなのです」

「そうだったのか。わざわざありがとうな」


 マキトが笑いかけると、キラータイガーは嬉しそうに鳴いた。敵意は出しておらず、襲いかかってくる様子もない。


「そういえば、さっき遠くで鳴き声がしたんだけど、それってお前か?」

「ガウ?」


 マキトの質問に、キラータイガーはきょとんとしながら首を傾げる。なんのことだ、と身に覚えのない反応をしているのが見て取れた。


「違うのか……まぁいっか。変なことを聞いて悪かったな。気にしないでくれ」


 さっきの鳴き声のことはもう忘れよう。そう思ったマキトの頭の中に、とある考えが閃いた。


「……あ、そうだ、いいこと考えた。なぁ、お前さんに頼みがあるんだけど……」


 マキトがキラータイガーに、とある頼みごとをした。

 それを横で聞いていたアリシアは驚き、ラティたちは良いアイディアだと言って飛び跳ねていた。

 そして夜が明け、マキトたちは朝日を背に、荒野を出発しようとしていた。

 野生のキラータイガーの背に乗って。


「よし、皆乗ったか?」


 マキトの掛け声に、魔物たちは威勢よく、そしてアリシアは恐る恐る返事をした。

 アリシアは明らかに緊張しており、体も小刻みに震えている。恐怖でマキトにしっかりと密着しているためか、マキト自身も彼女の震えが伝わって来ていた。

 ちなみにアリシアは、異性にここまで密着するのは今までなかったことである。故に何かしら思うことがあっても良さそうなのだが、どうやらある意味での異常事態に怯えることに必死なようであった。

 そしてマキトも、年頃の女の子に密着されていながらも、普通にケロッとしていた。

 女の子に密着されていることは至極どうでもよく、早くキラータイガーに乗って出発したいという、純粋なるワクワク感が募りに募っているのだ。

 マキトはどこまでも動物好きであり、今は魔物好きでもあるという、なによりの証拠なのかもしれない。


「あぁ、まさかこうしてキラータイガーに乗る日が来るなんて……」


 アリシアは緊張しており、さっきからとめどなく冷や汗を流している。それに対してキラータイガーが何かを話しかけ、ラティがそれを聞き取り、アリシアに通訳する。


「振り落とさないように走るから大丈夫……と言ってるのです」

「う、うん、ありがと……」


 アリシアは引きつった笑顔でお礼を言うが、やはりどうしても不安は拭えない。

 キラータイガーはアリシアに対しても全く警戒心を持っておらず、むしろ友好的にすら感じられる。どうやらマキトたちを通して、アリシアの人柄を理解してくれたらしい。

 それ自体は確かに良かったと思っているのだが、何せキラータイガーに乗ること自体が初めてであり、やはり心から落ち着くことはできなかった。

 マキトたちが楽しそうに笑いながら乗っているのが、とても信じられないくらいことも含めて。

 そんなアリシアの様子はマキトたちもしっかりと気づいていたが、乗っているうちに恐らく慣れるだろうと思い、とりあえず出発することに決めるのだった。


「行くぞーっ! ユグラシアの大森林に向けて出発だーっ!」


 マキトの掛け声に、キラータイガーが雄たけびを上げて走り出す。

 後ろからアリシアが叫び声を上げたが、マキトたちは全く聞いていない。迫力満点の走りに夢中となっていたからだ。

 今日も空はよく晴れており、昨日まで南に広がっていた黒雲も綺麗に消えていた。

 熱い日差しと冷たい風を浴びながら、マキトたちを乗せたキラータイガーは北を目指して、一直線に勢いよく走り続けるのだった。


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