第三十三話 新たなる同行者



 サントノ王宮、国王の間。そこでラッセルとオリヴァーが国王と謁見していた。

 ちなみにこの場にアリシアとジルはいない。今はシルヴィアから少しで離れておくべきだと話し、町に残ってもらっているのだ。

 そのことも含めて、ラッセルが国王に話し終わると、国王が頭を下げてきた。


「申し訳ない。娘のしでかした不始末、どうかこの私に免じて許してほしい!」

「お気になさらないでください。先に申し上げましたとおり、私たちは皆は無事なのですから」


 三角巾で右手を吊るしているラッセルが、笑顔で首を横に振る。しかし国王の表情は晴れず、むしろより重々しくなった。


「シルヴィアも、流石に今回ばかりはちとやりすぎた。アイツには、それ相応の小さくない罰を与えようと思う。王女としての自覚を見直させるための再教育も、しっかりと施すつもりだ」

「そして私たちも、親として大いに反省をしなければなりませんね」

「……あぁ」


 王妃の言葉に国王が頷いたその瞬間、王の間の扉が大きな音を立てながら、勢いよく開かれる。駆け込んできた兵士の姿を見るなり、ダグラスは歯ぎしりとともに険しい表情を浮かべた。


「おい! 国王の前で何を騒がしくしているのだ!」

「す、すみませんダグラス団長! ですが、緊急事態でして……」

「だからと言って貴様というヤツは……」

「構わんよ。何があったのか、落ち着いて話してくれ」


 怒りに震えるダグラスを鎮めながら、国王は兵士の報告を聞こうとする。

 兵士の表情は酷く慌てており、緊急事態であると国王は思っていた。そしてその予想は見事当たっていた。


「は、はい……シルヴィア様が暴れ出しており、手が付けられない状況です!」


 上ずった口調で報告する兵士の声に、その場にいる全員が凍り付いた。

 多数の兵士をなぎ倒しながらお姉さまと叫んでおり、こちらに近づいてきているという報告も付け加えられた。

 ダグラスは酷く青ざめ、オリヴァーは頭を抱えて唸り出し、ラッセルは包帯が巻かれた右腕を、心から恨めしそうに見つめていた。


「あのバカ娘が……」


 国王の呟きにダグラスは我に返り、兵士に少しでも足止めするよう命じる。

 兵士が挨拶もそこそこに王の間から飛び出していった瞬間、国王が険しい表情でダグラスのほうを向いた。


「命令だ。シルヴィアをなんとしてでも押さえよ。手段は問わん」

「し、しかし国王、流石に無傷というのは難しいかと……」

「誰が無傷で捕らえろと言った? 何も戦う手段は剣だけではあるまい。もう一度だけ言おう。なんとしてでも、シルヴィアを押さえるのだ、良いな?」


 国王のギラッとした眼力に押され、ダグラスは引きつりながらも敬礼する。


「はっ! 仰せのままに!」


 ダグラスはラッセルたちにも軽くお辞儀をして、そのまま王の間を後にした。国王は険しかった表情を和らげ、ラッセルに向かって小さく頭を下げる。


「申し訳ない。もはやゆっくりと話すらもできなくなった」

「ここもじきに危なくなるでしょう。ラッセルさんたちははすぐに、別の出口から王宮を出たほうがよろしいかと」

「あぁ、そうだな。大臣、彼らを外まで案内して……」


 その瞬間、正面の扉の奥から、段々と騒ぎ声が大きくなってきた。

 ダグラスと思われる切羽詰まった声と、シルヴィアと思われる狂乱に満ちた声が聞こえてくる。国王と王妃はやはりこうなったかと言わんばかりに顔を伏せ、唸るような声が漏れ出ていた。

 そしてついに大きな扉が開かれ、大勢の兵士がなだれ込んでくる。中心にいるのは勿論、ボロボロに破けまくったドレスを身に纏う第二王女の姿であった。


「お姉さまあああぁぁーーーっ!」


 シルヴィアの叫び声が、王の間に響き渡る。当然その声に答える者はいない。

 いくら周囲を前後左右と見渡しても、目当ての人物が見当たらない。シルヴィアの表情は段々と不安と焦りのそれに変化していく。


「一体どこにいらっしゃいますの、お姉さま? どうして私にお姿をお見せにならないのですか? はっ! もしや恥ずかしくて照れてらっしゃるのですか? だとしたら心配はご無用ですわ。誰にも私とお姉さまの邪魔はさせませぬ! ですからお姉さま、どうか……どうか私の前に、その可憐なお姿をお見せくださいまし!」


 周囲に誰がいるのかも全く見えてない様子で、シルヴィアは高らかに叫ぶ。

 その後ろでは、キズだらけのダグラスが必死に起き上がろうとしながら、枯れた声で絞り出すように言う。


「シ、シルヴィア様……どうか、どうか落ち着いて……がふっ!」

「ダグラスさんっ!」


 ラッセルが気絶したダグラスの元へ駆け寄る。その姿を見たシルヴィアは目を細め、忌々しそうに表情を歪めだす。


「アナタ方は……なるほど、よーく分かりましたわ。私の大事なお姉さまを、アナタ方が隠したのですね?」


 ラッセルとオリヴァー。この二人がアリシアの仲間であることは、シルヴィアもよく知っていることだった。

 ヒールを履いているとは思えないほどの身のこなしで、シルヴィアはオリヴァーに飛びかかる。

 しかしオリヴァーも黙って受けてやるつもりなど毛頭なく、両手でシルヴィアの腕を掴んで押さえようとする。

 その瞬間、シルヴィアの素早い蹴りがオリヴァーの腹に打ち込まれたが、鍛え上げられた肉体のおかげで、オリヴァーはビクともしていなかった。少々驚きながらもバックステップで距離を取りつつ、シルヴィアは射貫くような細目でオリヴァーを睨みつける。


「第二王女として命令いたします。お姉さまの居場所を教えなさい!」

「悪いがそれは無理だな。アンタをここで止めることは、あそこにおられる方のためでもあるからよ!」

「くっ! 一体どこの誰が……お父様?」


 ここでようやくシルヴィアは、国王の存在に気づいたのだった。一部始終を見ていた国王の表情は、恥ずかしさと怒りで赤く染まっている。


「どうやらお前の教育は、根本から間違えていたようだな。お前に王女としての自覚を見直させるべく、私自らの手で、みっちりと再教育を施してやる!」

「信じられませんわ。まさかお父様が私を陥れようとする黒幕だったなんて……」

「本来ならば追放処分を言い渡されても、何ら不思議ではないのだぞ。この処分をありがたく思うことだ」

「ですが私は屈指ませんわ。そう、全てはお姉さまとの愛のために!」

「しかし、お前がこうなってしまった責任は、間違いなく私にもあるだろう。私が直接お前に教育を施すことは、私のせめてもの償いでもあるのだ」

「たとえお父様でも、私とお姉さまの愛を邪魔するなんて許しませんわ!」


 清々しく会話になっていないやりとりに、周囲では唖然とした空気が流れる。

 気絶しているダグラスを介抱しているラッセルも、ほぼ蚊帳の外状態になりかけているオリヴァーも、引きつった表情で二人を見ていた。


「私たちの愛の邪魔は絶対に……がああぁっ!?」


 シルヴィアが国王に向かって走り出そうとしたその瞬間、彼女の体に電流が走った。そして叫び声を上げながら、シルヴィアはその場に倒れてしまった。

 ラッセルとオリヴァーが戸惑いながらも周囲を見渡してみると、メルニーが杖を掲げて立っている姿が見えた。

 どうやらさっきの電流はメルニーの魔法なのだと、ラッセルたちは思った。その証拠に、杖の先端から未だに電気がバチバチと音を鳴らして見えている。

 攻撃するというよりは、相手を痺れさせるのが目的の技のようだ。その証拠に、シルヴィアの体には傷らしい傷が発生していなかったからだ。

 国王は立ち上がり、動けないシルヴィアを冷たい視線で一瞥した後、メルニーのほうに顔を向けて深々と頭を下げる。


「済まないメルニー殿。そなたの手までを煩わせてしまうとは……」

「いえ、騒ぎは早く収めなければと思いましたから。お顔をお上げください」


 その後、国王は動ける兵士たちを集め、痺れたままのシルヴィアを移動させる。

 痺れの影響で上手く喋れないシルヴィアは、国王やラッセルたちに向けて、実に忌々しそうな表情で睨んでいた。

 ひと段落はしたが、事態の解決には全くもって程遠い。

 これからの日々は別の意味で忙しくなるだろうと、国王は天を仰ぎ、腹の底から深いため息をつくのだった。



 ◇ ◇ ◇



「……どうしよう? もうこの町にいるってだけでも危険極まりないよ……」

「確かにね……」


 王宮から血相を変えて駆けつけてきた兵士の知らせを聞いて、ジルとアリシアが盛大に項垂れていた。

 現在、二人がいるのは、人で賑わう中心街。そこで兵士の知らせを聞く冒険者の女性二人となれば、それはもう目立っていた。

 とりあえず二人は兵士と別れ、この注目から逃れるべく、移動を開始した。

 しかしジルの言うとおり、もはやこの町に安全な場所などないといっても過言ではない。早いところ打開策を見つけないと危険だと思っていた。

 シルヴィアのことだから、アリシアの居場所を特定するなど造作もないだろう。こうしている間にも、もしかしたら全速力で向かってきているかもしれない。そう考えた二人には、多大な恐怖がのしかかっていた。

 二人は疲れた表情を浮かべ、憎たらしいくらいによく晴れた天を仰いだ。アリシアがポツリと、呟くように話しかける。


「ねぇ、ジル……これからどうすれば良いのかな?」

「一番良い選択肢は、このまま旅立っちゃうことだけど……ラッセルの腕が治らないことにはねぇ。どのみちしばらくは……あっ!」


 なんとなく周囲を見渡していたジルが、知り合いの姿を発見した。

 頭にバンダナを巻いており、三匹の魔物を連れている、見間違いようのない少年が店から出てきたのだ。

 少年のほうもアリシアたちの存在に気づいた。


「あれ、奇遇じゃん。二人だけ?」


 パンパンに膨れ上がったバッグを背負いながら、マキトが歩いてくる。

 頭の上にはロップル、スラキチは右肩にそれぞれ乗っており、ラティは顔の左側に浮かんでいた。

 知り合いに会えてホッとしたのか、アリシアの表情が和らいでいく。


「まぁそんなとこ。マキトたちは買い出し?」

「うん。必要なのは粗方買い揃えたし、ボチボチ出発でもしようかなと」


 マキトのその言葉を聞いた瞬間、ジルが突然思いついた。


「そうだよ……その手があったんだよね。うんうん、これならイケそうだよ!」


 呟き声が聞こえたマキトは、首を傾げながらジルに近づいていく。


「ジル? どうかした……」

「マキちゃんっ!」

「うえぇあぁ……は、はいっ!?」


 いきなり詰め寄られたマキトは、反射的に裏返った声で返事をした。

 当然、音量もかなり大きくなってしまい、周囲の人々も驚いて振り向いていた。しかしそんなことは全くお構いなしに、ジルの視線はマキトを捕らえていた。



「お願いっ! アリシアを連れて一緒に旅立って!」



 ジルは確かにハッキリと、そう言い放った。

 マキトは当然のこと、三匹の魔物たちも、そしてアリシアも、目を見開いたまま呆然としてしまっている。


「えっと……それってつまり……」

「説明は後! 今は一刻を争う事態なの! いいから一緒に来てっ!」


 なんとか声を絞り出して聞き返したマキトだったが、ジルの気迫によって、完全に尻込みしてしまった。

 ジルに手を引かれるまま、マキトは店の前から歩き出す。魔物たちもワケが分からないまま、黙ってマキトにしがみ付いていた。

 アリシアはいきなりの展開に付いていけずにオロオロしていたが、すぐに慌てながらも後を追いかける。


「ちょっと待ってて!」


 マキトたちがジルに引かれてやってきたのはギルドだった。

 駆け足で中に入っていくジルを見送ると、一体何がどうなっているのかを問いかけようと、マキトがアリシアのほうを向こうとした、その時であった。


「皆、こっち! 早く急いで!」


 扉からジルが飛び出して来て、慌ただしくマキトたちを促す。

 連れていかれたギルドの裏手には、一台の馬車が用意されていた。ちゃんと御者も御者台に座っており、あとは人が乗り込めばいつでも出発できる状態であった。

 そんなふうに呆然と見つめていたマキトたちを、ジルは強引に馬車に押し込み、慌ただしい声で早く出してと、御者に向かって叫ぶのだった。

 マキトたちを乗せた馬車が勢いよく走り出す。後ろを見ると、ジルが大きく手を振りながら見送っていた。


「何なんだ……一体……?」


 旅立ちにしては、あまりにも急すぎる怒涛の展開。

 三匹の魔物たちはポカンと口を開けて呆然としており、マキトの呟き声に反応の一つすら示すことができない。かくいうマキトも混乱はしており、アリシアに問いただそうという考えすら抜けてしまっていた。

 そしてアリシアはというと、どんどん離れてゆく仲間の姿を見ていた。ぺたんと座り込んだ状態で、頭の中の考えが全く追いつかないまま。

 あっという間に馬車は街門に辿り着き、御者は門番に一通の書状を手渡した。


「こ、これは……おい! すぐに門を開けるんだ!」


 門番が慌てて駆け出す最中、御者がマキトたちのほうを振り返る。


「馬車はここまでだ。お前さんたちの旅の無事を祈っているよ」


 マキトたちは御者に促されるまま、馬車を下りる。

 外へ通じる大きな街門が開き、門番が敬礼しながらマキトたちを外へ送り出す。旅の無事を祈っておりますという決まり文句が聞こえた瞬間、街門は重々しい音を立てながら閉じるのだった。

 結局マキトたち全員が我に返るのは、それから数分後のことであった。


「……アリシア、一体何がどうなってるのか、とりあえず話してくれないか?」


 マキトが感情の込められていない、実に淡々とした声で問いかける。

 その視線は隣に立つアリシアの顔をジッと見据えており、細めた目つきと笑顔のカケラのない表情が、確かに訴えていた。洗いざらい話さなければ許さないと。そしてそれは三匹の魔物たちも、表情と視線からして同様であった。

 もはやアリシアには、選択の余地など残されているわけがなかった。


「はい。全て包み隠さずお話させていただきます」


 若干涙声になるアリシアだったが、マキトたちの表情は変わらないのだった。



 ◇ ◇ ◇



「そうか。アリシアは彼らと一緒に旅立たせたのか」

「かなり強引に、だけどね」


 アリシアたちを見送ったジルは、王宮へ戻ってラッセルたちに報告した。

 二人は大いに驚いたが、とりあえず安心している様子を見せていた。マキトたちの人となりを、南の森で存分に見たおかげだろう。

 王宮のとある薄暗い廊下を歩きながら、オリヴァーがため息をついた。


「まぁ、今回ばかりはしょーがねぇだろう。それにどのみち、スフォリアで合流はする予定なんだろ? あの魔物使いの少年にも、改めて礼をしてやらねぇとな」


 オリヴァーの言葉にラッセルは静かに笑いながら頷いた。


「そうだな。スフォリア王都の美味しい名物でも、ご馳走してあげようか」

「良いね。それはあたしも大賛成だよ♪」

「……ジルには奢らないぞ?」

「えー、そんなーっ!?」

「当然だろう。礼をする相手はマキト君と魔物たちだけなんだからな」


 ラッセルにそう言われたジルは、頬を膨らませて拗ねる。それもまた、このメンバーのいつもの光景ではあったが、やはりどうしても一人足りないという感覚が過ぎる。


(こんな時こそ、しっかりしないとね!)


 ジルがそう思った瞬間、ジルは王宮の入り口で兵士たちが話していたウワサについて思い出す。


「ところで、シルヴィア様は? 魔法で眠らせたってウワサが流れてたけど」

「それなんだが……」


 実に答えにくそうな反応を示すラッセルに、ジルは首を傾げる。また何かあったのだろうかと疑問に思った次の瞬間、その答えが聞こえてきた。



「うぅぉぉおおおねええぇぇぇさまああああぁぁぁーーっ!!」



 地の底から這い上がるかのような唸り声。傍にある部屋からであった。

 二人の兵士が扉の番人として設置されており、ダグラスとメルニーも傍にいた。なにやら悩ましげな様子で扉を、部屋をジッと見つめている。


「もしかしてあそこって……シルヴィア様のお部屋とか?」

「あぁ、そうだ。メルニーさん曰く、ちゃんと眠ってはいるらしいんだが、今度はどうやら悪い夢に取り憑かれているらしい」

「流石にコレはコレで危険だと思ったんだが、起こしたら起こしたで暴れることも目に見えている。全員揃って、どうすりゃいいのかを考えてるところなんだよ」


 ラッセルとオリヴァーの言葉に、どうやらまだしばらくは苦難から逃れられないらしいと、ジルは悟った。

 こうしている間にも、部屋からの唸り声はどんどん増している。数分後には再び扉が破られ、この場が小さな戦場と化してしまうことは、容易に想像できた。


(誰か……お願い。今度はあたしたちを助けてぇ。うぅっ……)


 心の中でかなり真剣に願うジルであったが、そんな彼女の気持ちを軽く蹴飛ばすかのように、第二王女の唸り声が、再び廊下全体に重々しく鳴り響くのだった。


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