第114話 里帰り(その19)

 ご主人様は社務所の裏手にある、子供の頃から使っていた露天風呂に入った。

 そこには既にご主人様の兄、春慶が浸かりながら一杯引っかけていた。


「おー、来たな、先にやってた」

「我が兄ながら顔だけ出しているとドキッとするわ」

「聞き飽きたわそのセリフ」


 二人は同時に吹き出した。

 ご主人様も服を脱いで露天風呂に入った。


「正月からお仕事お疲れさん」

「これも当主の勤めだからな」

「普通巫女舞なんてやらんだろ……」

「アレはアレで楽しいぞ。お前も演らないか?」

「遠慮しとく。つーか無理」


 そう言ってご主人様は春慶の顔をまじまじと見る。


「少し痩せた?」

「去年は仕事が忙しくてな」

「どっちの?」

「どっちもだ」


 ご主人様はため息を吐いた。


「全く、そんなハードな生活やってるクセにタフというか」

「鍛え方が違う、鍛え方が」


 そう言って春慶は胸を張る。女顔とは裏腹に中々の筋肉漢である。


「なんなら俺が指導してやろうか、“あの女”の元弟子だから素質は充分だし」

「いや、無理。俺にはカタギの生活で一杯一杯です」

「緩いのぅ」


 春慶は呆れたように言う。


「そんな甘い事言っていたら48時間戦えんぞ」

「常人なら24時間ぶっ通しでも厳しいわい。この完璧超人め…」


 ご主人様はふと、目線を下げた。


「……あー、いや、完璧じゃなかったな」

「何を見てる何を」

「いや、その、被ってるモノを」


 春慶はご主人様を小突いた。


「いたーい」

「日本人男性の半数近くが抱えているナイーブな問題に触れるでないっ」


 そう言って春慶は杯を煽った。


「……でも流石に被り過ぎと違います? 仮性というよりこれは真せ」


 ぽかり。


「いたーい」

「お前は俺のナニを心配しに帰郷したのかっ」

「いえ」

「なら俺のハイパー兵器の話はここまでだっ」


 そう言って春慶は一杯煽った。


「つーかお前、ツレの事が気になってるんだろ?」

「うっ」


 ご主人様は押し黙った。


「お前、昔から誤魔化すのヘタだからなあ。そのクセ、変なのに好かれるから、無用なトラブルに巻き込まれるんだよ。なんだっけ、あの女とか…」

「あー、いいからその話は」

「で、どれだい? 化け猫か、こたつか?」

「ほぅ、凄いな、良くそこまでわかるな」

「こちとら“あちら側”の連中相手に切った張ったやってんだ、それくらい見抜けなくてどうするか」


 春慶は胸を張ってみせる。


「あー、でもその二人じゃない」

「?」

「へ?」


 春慶がきょとんとするのでご主人様も目を丸めた。


「……ナニ? じゃあ、A子ってあやかしじゃないの?」

「もしかしてあの小さいのか? 何言ってやがる、ありゃあ、ただの人間だ」

「え」


 思わず見張るご主人様。


「だって、怒依さんが…」

「そりゃあ、アレも初めて見たんだろ」

「何を」

「そら、……」


 そこまで言うと春慶は何かを思い出したらしく口をつぐんだ。


「なんだよそれ」

「大丈夫だ問題ない」

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