第112話 里帰り(その17)

「それにしてもご主人様の実家ってえらい資産家だったんですねぇ」

「そーでもないよ子猫ちゃぁん」


 A子は背後からいきなり聞こえてきた若本声に吃驚した。


「あ、兄貴、お疲れ」

「まぁゆっくりしていけやぁ」

「…あんな絶世の美女顔で声が若本って新しいジャンルすぐる」


 A子はまだ動揺していた。

 そんな時、ご主人様はあることを思いだした。


「ああ、そういや兄貴、この間はボジョレ・ヌーボーどうもな」

「おう」

「熱々で美味しいのが出来たけどなっ!」

「熱々…だとぉ?」


 すると春慶は怒依を睨んだ。


「お前、何送った?」

「あ、いや、ボジョレ・麻婆を…」

「ぶぁかやろぉうっ!俺が送れと言ったのはぬーぼー一年分だったろが!」

「チョットマテ」


 ご主人様思わず突っ込む。


「さ、探したんですが売ってなくて…」

「それでも探すのがお前の仕事だろうがぁ!」

「…初めから酒の方を送る気無かったのかオマエラ」

「…結構お茶目な人なんですね」


 B子が呆れた風に言った。


「ていうか今時売ってるんですかお菓子のぬーぼーって」

「俺というより怒依さんへの嫌がらせのような気がする」

「ソレはともかく…」


 春慶はA子たちをぐるりと観た。そしてご主人様の方を観て、


「お前もつくづく面白い連中に好かれるなあ」

「いや、雇ってるだけですから…あ」


 ご主人様はふと、ある事を思い出した。


「そういやうちにメイド送りつけてきたのはうちの親父たちだよな。兄貴、何か話を聞いてる?」

「否、別に」

「そっかぁ…ん?」


 ご主人様はそこで、春慶がA子の方をじっと見ている事に気づいた。


「どうした?」


 すると春慶はご主人様の方を向き、


「飯食ったら風呂に来い」


 そう言ってさっさと客間を後にした。


「?どうしたんですか?」

「あ、いや…」


 A子を注視していた春慶の姿に、ご主人様に不安が過ぎっていた。

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