椎本 その五十六

 その年は例年よりは厳しい暑さを人々はもてあましていた。宇治川のほとりなら涼しいだろうと思い立って薫の君は急に宇治を訪ねた。


 朝はまだ涼しい時刻に京を発したので宇治に着くころはあいにく照り付ける日差しもまぶしくて八の宮の居間だった西の廂の間に宿直の侍を呼び出して休んでいる。


 たまたまその西側の母屋の仏間に姫君たちがいたが、あまり近すぎてはと遠慮して、自分質の部屋へ移った。その立ち振る舞いはそっと忍びやかになるのだが、どうしても動く気配が近々と聞こえるので薫の君はやはり我慢ができず、こちらとの境の襖の端のほうの掛け金のある側に小さな穴があいているのを前からみつけていたので、こちら側に立ててある屏風を引き除けてその穴から覗いた。ところがちょうどその穴の向こうに几帳が立ててあって見えない。ええ、残念なと思って身を引こうとしたとたん、折から風が御簾を吹き上げたらしく、



「あら、外から丸見えになっては大変です。その几帳を目隠しに立ててください」



 と誰かが言ったようだ。間の抜けたことを言うものだと嬉しくなって薫の君は目隠しのとれた穴から覗くと、几帳の高いのも低いのも皆仏間の御簾のほうに押し寄せて覗いている襖の真向かいに開いている襖口から姫君たちが向こうの部屋に通ろうとしているところだった。

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