椎本 その四十四

 薫の君は新年になってからでは何かと忙しく、そうすぐにも伺えないだろうと思い、暮れのうちに宇治に行った。雪もおびただしく降り、道を埋め尽くしているので普通の身分の者でも姿を見せなくなっている。それなのに並々でない身分の薫の君が見るからに立派な様子で気軽に来た気持ちは一通りの深さではないとわかるので、大君はいつもよりは心を込めて席などの用意を丁重にする。


 黒塗りでない火桶をしまいこんであった奥のほうから取り出し、塵を払ったりするにつけても亡き八の宮が薫の君の訪れを待ち、いつも喜んでいた様子などを思い出しては女房たちも噂するのだった。


 姫君たちは直接話すのをただもう恥ずかしがってばかりいたが、そうしないのも人の好意がわからなすぎると薫の君がとりそうなので仕方なく大君が相手をする。それほど親しそうにはしないが、前々よりはいくらか言葉も多く、話を続ける態度がいかにも感じがよく奥ゆかしい。薫の君はいつまでもこんなふうに話をするだけではとても済まされそうにないという気持ちがつのるのもいかにも唐突な自分勝手な心だと思いながらやはりそもそもの思いが恋心に変わっていくのも男女の仲の自然な成り行きなのだと考えるのだった。

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