椎本 その三十八

 薫の君の姿物腰などがただもう柏木の衛門の督かと思われるほどそっくりなのにつけて長年すっかり忘れていた昔のことまであれこれと今の悲しみに加わって思い出され、何と言っていいか途方にくれて涙に溺れているのだ。


 この弁は柏木の乳母の娘で、父はこの姫君たちの母の母方の叔父に当たり、左中弁で亡くなったその人の子なのだった。弁は長年遠国に放浪している間に従姉妹に当たる八の宮の北の方も亡くなり、都に帰っても前太政大臣の邸とは疎遠になっていた。それを八の宮が引き取って邸に住まわせていたのだ。人柄もそれほど上品ではなく、奉公ずれもしていたが、八の宮はもののわからない女でもないと思って姫君たちの後見役のように仕えさせた。


 昔のあの秘密は長年側近くに朝夕仕えて他人行儀な隠し事など何一つなく打ち解けて親しくする姫君たちにもこれまで一言も洩らすついでもなく自分の胸一つに納めていたのだった。

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