橋姫 その五十

 薫の君は京に帰ってまずこの袋をよく見ると、唐渡りの浮線綾の布を縫ってある袋の上に、「上」という文字を書いてある。細い組み紐で、袋の口のところを結んである結び目に衛門の督の名前の封印がしてある。


 薫の君はそれを開けるのも恐ろしく感じる。中には様々の色の紙にごむまれに交わされた女三の宮からの返事が五つ六つある。その他には衛門の督の筆跡で、



「病が重くなり、もうこれまでというありさまで、二度とほんの短いお手紙さえも差し上げることが難しくなってしまいましたが、お会いしたい思いがつのるばかりでございます。今は御出家あそばしてお姿もお変わりのようですが、あれもこれも悲しくて」



 と陸奥紙五、六枚にぽつりぽつりと怪しい鳥の足跡のような字で書いて、




 目のまへにこの世をそむく君よりも

 よそにわかるる魂ぞ悲しき




 とあり、また端に、



「めでたくもご誕生と承ります若君につきましても、心配なことは何もございませんけれど」



 命あらばそれとも見まし人知れぬ

 岩根にとめし松の生ひ末




 とそこまで書いて途中でやめたように終わっているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る