橋姫 その三十
「まったく取り付く島もない心細い気持ちだったのにうれしいおとりなしです。あなたが万事よくわかってくださっているのは頼もしいかぎりです」
と薫の君は言い、物に寄りかかって座っているのを女房たちが几帳の端から覗いてみると、夜明けの物の色目がようやく見分けられる頃で、いかにもお忍びらしくやつしている狩衣姿が霧にしとどに濡れてしっとりとしめっていて、これはまあこれこそこの世ならぬ極楽浄土の匂いかと不思議に思うほどあたりに芳香が漂い満ちているのだった。
この老女はさめざめ泣きだした。
「出過ぎた者というお咎めもあるかと存じまして我慢しておりましたが、悲しい昔のお話につきまして、どんな機会かを捕えてお耳にお入れし、その一端なりともそれとなく知っていただきたいものと長い年月ずっと念仏の間にもそのことを合わせてお願いしてきたお陰でしょうか。こうして霊験あらたかにお会いできまして、嬉しい機会でございますが、まだ何もお話もしないうちから早くもあふれ流れる涙に掻き暮れてとても申し上げられそうもございません」
と身を震わせて泣いている様子は、真実心の底から悲しくてたまらなそうに見えるのだった。
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