橋姫 その十

 そうこうするうちに住んでいた邸が焼けてしまった。次々と情けないことばかり起こる身の上に、この上なくがっかりして京の中では移転するような適当な邸もないし、宇治という土地に風雅な山荘を持っていたので、今はこれまでと懐かしい都から逃れ、離れ去るとなるとさすがに悲しく思う。


 山荘は網代をかけてある近くらしく宇治川の畔で騒がしい急流の音が耳につく。



「寂静の境地に住み、仏への勤行に明け暮れたいという日頃の自分の願望にはそぐわないところもあるけれど、仕方のないことだ」



 と覚悟を決める。花や紅葉、水の流れをも心を慰めるよすがとしながらただでさえ淋しいのに前々にもまして物思いに沈むばかりだ。


 こうして世間と縁を切ってまったく隠れ籠った野山の果ての暮らしにも亡くなった北の方が存命でいたのならと恋しく思い出さない日はない。




 見し人も宿も煙になりにしを

 なにとてわが身消え残りけむ




 とまったく生きている甲斐もないように亡き北の方を思い焦がれているのだった。

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