紅梅 その八

「この幾月化は、なんとなく家の中が落ち着かずざわついていましたので、あなたのお琴の音さえ長い間お聞きしないでおりました。西の部屋の中の君は、琵琶を習うのに熱心ですが、あんな稽古で上達できると思っているのでしょうか。琵琶は下手に稽古したのでは聞き苦しい音色を出す楽器です。


 同じことならあなたから十分教えてやってください。私などはこれといって特別に楽器を習ったわけではありませんが、昔音楽が全盛だったころ、その道の名人たちの演奏に加わらせていただいたおかげでしょうか、上手下手を聞き分ける程度の判断はどの楽器についてもよくわきまえてまいりました。あなたは気を許して思う存分にはお弾きにはなりませんけれど、時々そっと弾いていらっしゃる琵琶の音色をお聞きしますと、昔の音楽全盛の時代が思い出されます。亡き六条の院から伝授で、今の世に残っていらっしゃるのは夕霧の右大臣です。薫中納言や匂兵部卿の宮は何事につけても前世の因縁が特別恵まれた人で、才能を天性授かった方々ですし、音楽にかけてはとりわけ熱心でいらっしゃいます。しかし撥さばきが少し弱弱しいところが夕霧の右大臣には劣っておいでのようです。あなたの琵琶の音色こそ、夕霧の右大臣の音色にとてもよく似ておいでです。琵琶は押手の静かなのがよいとされていますが、柱を押すときの手加減で撥音が変化して優艶に聞こえるところが女の人の演奏としてかえって趣があるものですね。さあ、お弾きになりませんか。琵琶を差し上げなさい」



 と言う。女房などは大納言から隠れるようにする人などはほとんどいない。とても若い上臈ふうの女房で、顔を見られたくないと思っている人だけは、気ままに奥に引っ込んでいるので、大納言は、



「お側にお仕えする女房たちまで、こう気ままにしているのは困ったものだ」



 と立腹するのだった。

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