幻 その二十六

 九月になって九日の重陽の節句に綿で覆われた菊の花を見て、光源氏は、




 もろともにおきゐし聞くの朝露も

 ひとり袂にかかる秋かな




 と詠んだ。


 十月はただでさえ時雨がちになるころだ。光源氏はいっそう物思いに沈み、涙がちに夕暮の空の風情につけても言いようもない心細さに〈神無月いつも時雨は降りしかど〉という古歌を一人口ずさんで、涙に袖の乾く暇もないのだった。夫婦離れず空を渡る雁の翼も自分にあれば紫の上のいる大空の彼方に飛んでいけるのにとうらやましく見つめるのだった。




 大空を通ふ幻夢にだに

 見えこぬ魂の行方たづねよ




 と詠む。


 何につけても亡き人を恋い慕う悲しみのまぎれることはなく、月日が経つにつれてますます悲愁は増すばかりだった。

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