幻 その十三

 夕暮の霞がほの暗いぼんやり立ち込めて風情の深い頃なので、そのまま明石の君の住まいに寄る。


 久しい間、こんなふうに顔を見せることもなかったため、明石の君は思いがけなかったので驚いたものの、さすがに如才なく優雅に奥ゆかしく相手をするので、光源氏はやはり他の人よりはずっと立ち勝っていると見る。それにつけても紫の上はまたこういった感じとはまた違った、格別深い嗜みを見せたものだと、つい思い比べると、紫の上の面影が瞼に浮かんで恋しく、悲しさが増すばかりなので、どんなふうにして自分の心を慰めたらいいのかと自身でももてあましている。



「女を愛して執着するのはいかにもみっともないことだと昔からよくわかっていたからどんな関係の女についてもすべてこの世に執着心が残ることがないようにと心がけてきた。おおよそ世間一般のこととしても自分が空しく零落して一生無駄に葬られてしまいそうだった須磨、明石に流浪していたころなどあれこれと考えつくしたあげくには、命を自分で捨てるつもりで野山の果てにさすらったところで格別の差障りもあるまいとまで覚悟したものだったのに、こんな晩年のもう死期も近い身になってかえってなくてもいい大勢の係累に関わり合って今まで出家もせずにすぎてきたのも自分の気の弱さのせいだと歯がゆくてならない」



 などと、光源氏は紫の上のことだけが一途に悲しいようには言わないのだが、明石の君は光源氏の心中の悲しみはさぞかしと同情して気の毒に思うのだった。

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