幻 その十二
女三の宮はその返事に、
〈谷には春も〉
と、何の考えもなく言うのを光源氏は他に言いようもありそうなものを何という心ないことをと思う。〈光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る物思ひもなし〉と古歌にもあるように、俗世を出離した尼の身としては花が咲こうがすぐ散ろうが何とも感じないともとれる冷たい言葉だ。
「紫の上ならこうした何でもない応答にしてもこちらがそうしないでほしいと思うようなことは決してしなかったものなのに」
と思って、幼いころから紫の上の様子を、さてどんなことがあっただろうとあれこれ思い出してみる。生前のあのとき、このとき、どの折につけても才気があふれていて行き届き、情味のこまやかな奥ゆかしい性質やその物腰、言葉ばかりが次々に思いだされるので、例の涙もろさからつい涙がこぼれるのも本当につらいことだった。
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