幻 その十一

 所在なさのあまり女三の宮のところに出かける。三の宮も女房に抱かれて一緒に来た。こちらの若君と走りまわって遊んでいる様子はあの花を惜しむ気持ちなどは深くあるとも見えず、まったく頑是ない。


 女三の宮は仏前でお経を読んでいた。それほど深く悟った道心でもなかったのだが、この現世に恨みを抱いた心を乱されるようなこともなく、平穏な暮らしの中で心静かに一筋に勤行してすっかり俗念を離しているのも光源氏には本当にうらやましくこうした深い思慮もない女人の道心にさえ先を越されてしまったと残念に思うのだった。


 閼伽桶に浮かべた花が夕暮のほの明かり映えて美しく見えるので、



「春の好きだった紫の上も亡くなって、今年は花の色もさめて感じられうら寂しくなっていましたが、こうして仏の供花として飾られているのはいいものですね」



 と言い、



「東の対の庭前の山吹はやはりよそでは見られない珍しい花の咲きぶりですよ。その花房の大きいことといったら。上品に咲こうなどと思ってもいない花なのでしょうか、華やかで賑やかな感じはなかなか結構で見どころがあります。植えた人がもういなくなってしまった春とも知らずに例年よりいっそう美しく咲いているのが哀れに思われます」



 と言うのだった。

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