夕霧 その二十八

 御息所は、



「そのようなことはございません。亡き柏木ととても仲の良かった人で、亡きあとのことをお頼みになった遺言を違えまいと、この年月ずっと何か事あるごとに本当に不思議なくらい誠実におやさしくおっしゃってくださるのです。この度もこうしてわざわざ私の病気の見舞いにお立ち寄りくださいましたので、もったいないことと存じておりました」



 と言う。律師は、



「いやいや、それは水臭い言い訳というものじゃ。拙僧にお隠しになることでもござるまいて。今朝方、後夜のお勤行に参上した折、あの西の妻戸からまことに立派な男の人が出て来られたのを霧が深くてどなたか迄はお見分け申すことはできなかったが、弟子の法師どもが『夕霧の大将がお帰りになられるのです。昨夜も車を帰して、こちらにお泊りになりました』と口々に申しておった。そういえば確かに何とも言えない素晴らしい香りがあたりに満ち満ちて頭痛がするほどであったからさてはそうだったのかと合点がまいった。あのお人はいつもまことに結構な匂いの香を薫きしめておいでなされるからじゃ。しかしながらこの縁組はあまり望ましいものではございませぬな。夕霧は学識豊かなまことに優れた人物であられる。拙僧などもまだ幼少のころからあの人のために亡き大宮から仰せつかって祈祷をしておりました関係で、もっぱら今も始終そうした御用を承っておるが、この縁組はまったく無益なものじゃ。本妻の威勢がまことにお強い。本妻のお里方が今を時めく一族で、時を得た大した勢いでござる。夕霧のお子達は七、八人にもなっておられる。こちらの姫宮とてとてもあの権力は押さえられますまい。また女人という罪障深いお身に生まれ、地獄に堕ちて無明長夜の闇に迷うのは、ただこうした愛欲の罪によってそのような恐ろしい報いをも受けるのでござる。本妻の嫉妬の怒りを買うようなことになれば長く成仏の障りともなることじゃろう。断じて拙僧は賛成できませぬ」



 と坊主頭をふりたててずけずけ言いたい放題言うのだった。

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