鈴虫 その十九

 いかにもそう考えるのももっともだと、光源氏は気の毒に思いながら、



「その妄執の業火の炎は誰も逃げることはできないと知っていながら、朝靄のようなはかない命のある間はこの世を思い捨てられないのです。目連尊者は釈尊の十大弟子のひとりで仏に近い聖僧の身で餓鬼道に堕ちて苦しむ母をたちまち救ったとかいうことですが、そんなことはとても真似のできることではありませんから、たとえ今から出家あそばし落飾なさいましても、この世に執着が残るようなことになりかねません。今、急いで出家なさらないでも母君救済のお気持ちをしっかり持ち続けて亡き御息所の妄執の業火の煙を晴らしておあげになるような供養をなさいませ。私もかねがね出家したいと考えておりますものの、何かと落ち着かぬ忙しい日を過ごしていまして、静かな出離の念願も叶いませんようなありさまで、ついその日を過ごしております。やがて念願を果たした暁には自分の勤行と一緒に静かに御息所の供養もさせていただきたいと一寸延ばしに思っておりますのも、思えばいかにも浅はかな考えでございます」



 などと言って世の中というものはすべてはかなく、憂き世を厭い捨て去りたいと思いをたとえ互いに話し合ってみてもやはりなかなか二人とも出家は果たされそうにもない身の上なのだった。

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