柏木 その四十

<静かに思ひて嗟くに堪へたり>



 という白氏文集の白楽天の詩を口ずさんだ。白楽天には五十八歳で初めて男の子が生まれた。光源氏は白楽天の五十八歳よりは若い年なのだが、自分も残り少ない寿命になった気持ちがしてしみじみ物寂しく感じる。この詩の中に、



<謹んで頑に愚かなること汝が爺に似ること勿れ>



 という句がある。若君に本当の父に似るなと諭しになりたくもなったのだろうか。



「この秘密を知っているものが女房の中にはいることだろう。それが誰だか見当のつかない忌々しさ。さぞその女房はこんな自分を愚かな者だと思っているだろう」



 と心中穏やかではないのだが、



「自分が嘲笑されるのは我慢もしよう、自分と女三の宮のどちらかといえば女の立場の女三の宮のほうが可哀そうなのだ」



 などと考えてそんな心は顔色にも出さないのだった。

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