若菜 その二七三

 それでも紫の上のことがずっと心配で落ち着かず、さすがにも物思いに心が沈むので、果物などを食べたくらいで眠ることにした。


 翌朝はまだ朝の涼しいうちに去ろうとして早くから起きた。



「昨夜、扇をどこかになくしてしまって困っている。この檜扇では風が生ぬるくで」



 と言って、その扇を置いて昨日二人でうたたねした昼の御座所辺りを立ち止まって探していると、茵の少し乱れた橋から浅緑の薄い紙に書いた手紙を巻いた端が覗いている。何気なくそれを引き出して見ると、それは男の筆跡なのだった。


 紙に薫きしめた香の匂いなどとても艶めかしく、意味ありげな文章だ。二枚の紙にこまごまと書いてあったのを読むと、それは紛れもなく柏木の手紙だとわかった。


 鏡の蓋を開けて身じまいの手伝いをする女房などは普通の手紙を読んでいるのだろうとその事情もわからないのだが、小侍従ははっと気づいて、昨日のあの手紙と同じ紙の色だと見たので、大変なことになったと胸がどきどき高鳴る気がしたのだった。

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