若菜 その二七〇

 ようやく思い立って六条の院に来たので、すぐには帰らず二、三日滞在する間も、紫の上の容態はどうだろうかと心配でならず、手紙ばかりを次々と書いた。



「いつの間にあんなにお書きになることが溜まるのでしょうね。まったくこれでは女三の宮さまとの夫婦仲が心配でなりませんわね」



 と女三の宮の過失を何も知らない女房たちは話し合っている。


 小侍従だけはこうした状態につけても不安で胸騒ぎがするのだった。


 柏木も光源氏がこうして六条の院に来たと聞くにつけ、自分の立場もわきまえず逆恨みして、嫉妬でやきもきして大層な恨みの数々を手紙に書き続けて小侍従に寄こすのだった。


 東の対に光源氏がちょっと行った隙にちょうど側に人気がなかったので、小侍従はしのびよってその手紙を女三の宮にこっそり見せた。女三の宮は、



「そんな煩わしいものを見せるなんて、ほんとうにひどい人ね。ただでさえ気分がとても悪いのに」



 と言って目もくれないで横になるので、



「でもまあ、この手紙の端のほうに書いてあることだけは見てあげてください。とても可哀そうに書いてございますよ」



 と言って、手紙を広げたところへ他の女房が来たので小侍従は処置に困りきって、あわてて几帳を引き寄せてそれを隠して行ってしまったのだった。

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