若菜 その二二五

 紫の上は、



「お言葉のようにつまらない私のようなものには分にすぎた幸せと人から思われているでしょうけれど、私の心には耐えきれない悲しさばかりがつきまとっております。それがかえって神仏への祈りになっているのかと思われます」



 と言い、なお言い残したことがたくさんありそうな様子は光源氏が気後れするほど奥ゆかしく見える。



「本当は私ももう先が短いような気持ちがいたしますので、厄年の今年もこうして何気なく過ごしますのはとても不安でなりません。以前にも申し上げました出家の件を何とかお許しくださいますように」



 と言う。光源氏は、



「それはもってのほかのことです。そんなふうにあなたが出家された後に私一人残されては何の生き甲斐があるでしょう。ただこうして格別のこともなく平穏に過ぎていく歳月ですが、明け暮れ何の隔てもなく睦みあってあなたとともに九足すうれしさだけが何にもまして代えがたく思われるのです。やはりあなたを思う私の尋常ではない愛の深さを最後まで見届けてください」



 とばかり言うのを、紫の上はいつもと同じことをと辛くてならず涙ぐんでいる。その様子を光源氏は心からいとしく見てあれやこれやと様々に気の紛れるように慰めるのだった。

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