若菜 その二〇三

 心にしみる黄昏の空に、去年の残雪かと思われるほど枝もたわわに白く梅の花が咲き乱れている。


 ゆるやかに吹くそよ風に言いようもなく匂ってくる御簾のうちから薫りも梅の香にただよい交わって吹き合わせ、古歌にもあるように花の香が<鶯誘ふしるべ>にもなりそうなすばらしい芳香の満ちただよう御殿のあたりだった。


 御簾の下から光源氏は筝の琴の端を少しさし出して、



「不躾けだけれど、このお琴の絃を張って調子を整えてみてください。ここにはあなた以外にそううっかり人を呼び込むわけにはいかないので」



 という。夕霧が畏まって琴を受け取る態度はいかにも嗜み深く好ましくて、壱越調の音に発の絃を整えて、すぐには弾いてみないでひかえている。光源氏が、



「調子を合わせる程度に一曲ぐらいは愛想に弾いてみては」



 と言うと、夕霧は、



「今日の皆様方の演奏のお相手としてお仲間に入れていただけるような手並みとはとても考えられません」



 と気取った挨拶をするのだった。

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