若菜 その一五四

 光源氏は昔の思い出話をはじめて、



「太政大臣があらゆることで私を相手に勝負を争った中で、蹴鞠だけは私がとても敵わなかった。こういうちょっとした遊戯などには別に伝授の秘伝もないだろうけれど、やはり上手の血筋は争えないものですね。今日のあなたの蹴鞠は実に鮮やかで、とても見つくせないほど見事でしたよ」



 と言う。柏木は苦笑して、



「大事な公の政務といった面では劣っている我が家の家風がこうした蹴鞠の技に吹き伝わったところで子孫にとっては格別のこともございませんでしょう」



 と言うと、



「とんでもない。どんなことでも人に優れている点は記録して後世に伝えるべきものです。あなたの蹴鞠の腕前も家伝などに書き込んでおいたら面白いだろう」



 など冗談を言う様子が輝くばかりに美しい。それを拝見するにつけても、



「こういうすばらしい人を夫として常に見慣れていては、どうして他へ心を移す人がいるだろう。せめてどうすれば自分を可哀そうにと憐れんでくださるほどにでも心をこちらへなびかせることができるだろうか」



 などとあれこれ思案をすればするほど、まずまず女三の宮の側に近づきがたい自分の身の程もこの上なく思い知らされて、ひたすら胸が悩みでいっぱいになり、退出するのだった。

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