若菜 その一三七

 そのついでに、



「今はこうして昔の事情もいくらかおわかりになったでしょうが、それにつけても紫の上の好意を徒おろそかにお思いになってはなりませんよ。もともと親しいのが当然の夫婦の仲や切っても切れない親子や兄弟などの睦まじさよりも他人がかりそめのほんの少しの情を示したり、一言でも優しい言葉をかけてくれたりするのは並々のことではありません。ましてあなたのお側に実の母君がこうしてずっと添っておられるのを見ながらも、紫の上は最初の心持ちを少しも変えず、大切に深くあなたを思っていらっしゃるのですから。


 昔らかある世間の継母の例を見ても、『継母というのは上辺はいかにも可愛がってくれるようにするけれど』と、継子がこざかしく気を廻すのは利口そうに見えるけれど、たとえ継母が自分に対して内心では邪険な心を持っていたとしても間違ってもそうはとらないで、こちらは表裏なく素直に仕えていたら、継母のほうでも思い直して可愛く思い、どうしてこんなに優しい子を憎んで辛くあたれよう、そんなことをしては罰が当たると思って改心することもあるでしょう。昔からの特別な仇敵というのではないのなら、いろいろ行き違いがあってけんかしても、どちらにもそれほど悪いところがなかったら、自然に仲直りをした例がいくらもあったはずです。それほどでもないことに角を立てて難癖をつけ、不愛想で人に素っ気なく当たるような性質の人はとても打ち解けにくく、思いやりがない人というべきでしょう。私はそれほどたくさんの女の人を知っているわけでもないけれど、これまで人の心の様々な動きを見ますのに育ちがわかる教養を身に着けた人でも、それぞれでまあ期待外れでない程度の心得は持っているようです。誰でも皆長所があってまったく取り柄がないということはないものの、だからといってまた特にこちらが本気で自分の妻として選ぶとなると、これがなかなかないものです。ただ本当に素直で心に癖がなく、人柄のよいという点ではこちらの紫の上だけでしょうね。この人こそおおらかなひろい心の人といえるでしょう。いくら人柄がよくてもあまり慎みに欠け、頼りないのも困ったものですね」



 と紫の上のことばかり言うので、他の人々は想像するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る