若菜 その一一七
「ここ幾年というものは同じ憂き世に生きながらえてきましたが、何のことはない、こうして生きながら別の世界に生まれ変わったようにあえて考えながら特別の用事のない限りはお便りのやり取りもいたしませんでした。仮名書きの手紙を読みますのは暇がかかって念仏も怠るようになり、無益なことですからお便りもさし上げませんでしたが、人伝に聞きますと、明石の姫君は東宮に入内なさって男宮がお生まれになったとのこと、心から深くお喜び申し上げます。と申しますのは、自分はこういうしがない山伏の身で今更この世の栄達を願う気もございません。これまでの永い年月、未練がましく六時の勤行にもただあなたのことばかりをお祈りいたしました。あなたがお生まれになろうとしたその年の二月のある夜の夢に見ましたのは、私は須弥山を右の手に捧げていました。山の左右より月の日の光が明らかに射し出でてこの世を照らしています。私は山の下の蔭に隠れてその光には当たらないのです。やがて山を広い海に浮かべておいて私は小さな舟に乗って西のほう、極楽浄土をさして漕いで行く。そんな夢を見たのです」
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