若菜 その一一六

 あの明石の入道も若宮誕生のことを伝え聞いてあのような悟りすました心もとても嬉しくて、



「今こそこの現世の境界から迷いなく離れ去って行くことができる」



 と弟子たちに言い、住んでいた家を寺にしてあたり一帯の自分の田畑などは全て寺領にしてしまった。


 この国の奥の地方に人も通えないような深山があり、以前から所有していながら、いよいよそこに籠ってしまった後は再び人に会ったり、自分の消息を知られるべきではないと考えると、ただ少し気掛かりなことが残っていたので、今までは明石に留まっていた。それもついに念願の叶った今はもう心残りはないと神仏にすがって山奥に移ったのだった。


 最近の数年は京に特別の用でもなければ使いの人も出そうとはしなかった。京のほうから明石にやった使いの者にことづけて、ほんの一行ほどでも尼君にはその折々の用事の便りはしていた。しかし今度はいよいよ俗世を捨て去る最後の別れに手紙を書いて明石の君に送ったのだった。

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