真木柱 その五十六

 雨がひどく降って、所在ない折、こうして退屈を紛らわすのにいいところとして出かけて、親しく話した玉鬘の姿などが、たまらなく恋しくなったので、手紙をさし上げた。右近のところにこっそりとことづけしながらも、一方では右近がどう思うだろうと気がかりなので、なにも詳しくは書かず、ただ読む人の推量に任せてぼんやりと書いた。




 かきたれてのどけき頃の春雨に

 ふるさと人をいかに偲ぶや




「雨の所在なさにつけても、恨めしく思い出されることばかりが多いのを、今となってはそれをどう申し上げることができるでしょう」



 などと書いてある。髭黒の大将のいないすきに、右近がこっそりこの手紙を見せると、玉鬘はしみじみと泣き、自分の心にも時が経つにつれて思い出される光源氏の姿を、実父ではないのであからさまには、



「恋しい、何としてでもお逢いしたい」



 などとは、とても言えない親なのだから、ほんとうにどうして逢うこともできようかと、思えば悲しくてならなかった。

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