真木柱 その五十五

 やがて二月になった。光源氏は、



「それにしても、ずいぶんひどいことをするものだ。まさかあの髭黒の大将がこうまできっぱりとけじめをつけるとは思いもよらず、油断に付け込まれたのが口惜しくてならない」



 と、人の手前も体裁が悪く、玉鬘のことがどうしても心から離れなく、恋しく思い出されるのだった。



「前世からの縁などというものは、粗末にはできないものだけれど、自分があまりにもうかつすぎたために、こんなにもひどい苦しみを味わわねばならないのだ」



 と、寝ても覚めても恋しい人の面影を思い浮かべている。


 髭黒の大将のような風情も愛想もない夫に連れ添っているのでは、軽い色めいた冗談を言うのさえ遠慮して、また面白くないとも思って、光源氏はこらえているのだった。

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