行幸 その三十五

 贈り物の小袿の袂には、例のお決まりの独特の歌が入っていた。




 わが身こそうらみられけれ唐衣

 君が袂に馴れずと思へば




 筆跡は、昔でさえそうだったが、今ではひどく縮かみ、ぐっと彫り込んだように強く、堅く書いている。光源氏は憎らしく思うものの、おかしさをこらえることができず、



「この歌を詠んだときは、さぞかし苦心なさっただろう。まして今は昔より、役に立つ女房もさらにいなくなり、さぞ詠むのに骨の折れたことだろう」



 と、気の毒に思った。



「どれ、この返事は忙しいけど私がしよう」



 と言い、



「奇妙な、誰も考えつかないようなお心づかいなどは、なさらないほうがよいのです」



 と腹立たしさのあまり、




 唐衣また唐衣唐衣

 かへすがへすも唐衣なる




 と書くのだった。

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