常夏 その九

 月もないころなので、軒先の燈籠に火がともされた。光源氏は、



「燈籠ではやはり灯が近すぎてかえって暑苦しい。篝火のほうがいいだろう」



 と、言って人を呼び、



「篝火の台を一つ、こちらへ」



 と、取り寄せる。


 風情のある和琴がそこに置いてあったので引き寄せ、かき鳴らしてみると、とても見事に律の調子に整えてあった。音色も非常によく響くので、少し弾いて、



「こうした音楽などはお好みでない方面のことかと、これまでお見くびりしていたのですよ。お見それしました。秋の夜の月の光が涼しく見えるころ、あまり奥深くない部屋で、虫の音に合わせて和琴をかき鳴らすのは懐かしくて、当世風の華やかな音色のするものです。他の楽器と比べて和琴は、これといった変わった調子もなく、しまりもないものです。ところが、この楽器は、たくさんの楽器の音色や拍子を、そのままきちんと整えて演奏できる点が実に優れています。大和琴などとも呼んで、たよりなさそうに見せて、実はこの上もなく精巧に造られている楽器なのです。外国の音楽について広く知らない女たちのために、造られたのでしょう。どうせなら、あなたも心を打ち込んで、他の楽器に合わせて弾き、お稽古なさい。奥深い秘法といっても、それほど難しい手があるわけでもないのです。しかしほんとうにこれを上手に弾きこなすことは難しいのでしょうか。今では、和琴の上手さでは内大臣に肩を並べる人はいないのですよ。ただ、ほんの軽い同じ掻きの音にも、和琴にはあらゆる楽器の音色がふくまれ、通いあっていて、言いようもないほど美しく響き渡るのです」



 と話すのだった。

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