胡蝶 その二十六

 玉鬘のことが心にかかるままに、光源氏はしきりに西の対に出かけ、玉鬘の世話をしている。


 一雨降ったあとのしっとりともの静かな黄昏時、光源氏は庭先の若楓や柏木などが、青々と茂りあっている空の風情が、何となく爽やかで気持ちがいいのを部屋の中から見て、<和して且清し>と、白氏文集の詩を口ずさむと、すぐあの玉鬘の姿の匂うばかりの美しさが思い出されて、いつものように、こっそり西の対に行くのだった。


 玉鬘は手習いなどして打ちくつろいでいたが、起き直り、きまりの悪そうな顔の、ほんのりした色艶の何という美しさだろうか。なよやかなその物腰に、光源氏は、ふと昔の夕顔の姿が思い出されてたまらなくなり、



「はじめてお会いになったときは、本当にこうまでして母君に似ていらっしゃるとは思わなかったのに、この頃では不思議なほどまったく母君ではないかと間違えそうな時がよくあるのです。何というあわれ深いことでしょう。夕霧の中将が、一向に亡き母の面影を伝えていないのを見慣れているので、親子でも、それほど似ないものかと思っていたのに、こんなに母親そっくりの人もいられたのですね」



 と言って、涙ぐんでいるのだった。

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