玉鬘 その二十九

 ようやく三条が、



「私は何も思い当たりませんが。筑紫の国に二十年ばかり行っておりました下司の私めを、ご存知でいらっしゃるような京のお方だなんて、人違いでございましょう」



 と言いながら、右近のそばに寄ってきた。田舎臭い掻練の小細工の上に薄衣の上着など重ねて、むやみに肥っていた。それを見ると、自分の年もいっそう思い知らされて気がひけるが、



「もっと私の顔を見てごらん。この私を覚えていませんか」



 と言って、右近は顔を差し出した。三条という女は、手を打ち合わせて、



「まあ、あなたさまでいらっしゃいましたか。ああ、うれしい。どちらからお詣りなさったのですか。お方様はいらっしゃいますか」



 と大声をあげて泣き出した。まだうら若かった三条を見慣れていた昔を思い出すと、これまで過ぎこしてきた歳月の長さがつくづく数えられて、右近は胸がいっぱいになった。

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