玉鬘 その二十七

 その相客こそ、実はあの亡き女主人を忘れることもなく慕って、恋い泣きしつづけている右近だった。年月が経つにつれて、六条の院の中途半端な奉公にだんだん居心地が悪くなってゆく自分の身の上が、心細くなり思い悩んで、この初瀬の寺に度々参詣していたのだった。


 いつものことなので、身軽な旅支度だったが、歩いての旅はひどく苦しくて、右近は物に寄りかかって横になっていた。そこに豊後の介が来て、隣の幕のしばに寄っていき、玉鬘の食事なのだろう、盆を自分で持って、



「これは玉鬘様にさしあげてください。お膳などが揃わないので、誠に恐縮ですが」



 と言うのを聞いて、右近は自分たちとは身分の違う人なのだろうと思い、物の隙間から覗いてみると、、この男の顔に見覚えがあるような気がした。それでも誰とは思い出せない。豊後の介の若いころを見ていたのだが、今では肥って黒く日に焼け、身なりも粗末な旅姿だったので、長い年月を隔てて逢ったのでは、咄嗟に見分けられないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る