玉鬘 その十九

 こうして逃げてしまったことが、自然に人の口から伝わっていくと、大夫の監が負けじとばかり必ず追いかけてくるだろうと思い、気が気でなく、とにかく早船という櫓の多い特別製の船を用意してあった。その上、丁度望む方向に追い風まで吹いてきたので、危ないほどの速度で、一路都のほうをさして駆け上がった。


 難所として名高い響きの播磨灘も、ことなく過ぎた。



「あれは海賊の船ではないだろうか。小さい船が飛ぶように来る」



 などと言う人がいた。海賊の向こう見ずな乱暴者よりも、あの恐ろしい鬼のような大夫の監が追ってきたのではないかと思うと、恐ろしくていても立ってもいられない。




 憂きことに胸のみ騒ぐ響きには

 響きの灘もさはらざりけり




「攝津の川尻という所に近づいた」



 という船人の声に、少し生き返った気分がした。

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