薄雲 その四十二

 茂みの濃く深い木立の間から見える、数々の篝火が、遣水の蛍の光かと見間違えそうなのも風情があった。



「昔、明石のこうした水辺の暮しの経験がなかったら、こういう景色もどんなに珍しく思われることだろう」



 と光源氏が言うと、




 漁りせし影忘られぬ篝火は

 身の浮舟や慕ひ来にけむ




「篝火も、私の悲しさも、まるであのころのような気がいたします」



 と言うと、光源氏は、




 浅からぬしたの思ひを知らねばや

 なほ篝火のかげは騒げる




「世の中の辛いものと思わせたのは、誰でしょう」



 とさかさまに怨んだ。


 この頃は一体に何もかも静かに気持ちも落ち着いているときなので、御堂での勤行にいろいろと心を尽くし、いつもよりは長く滞在した。それで明石の君も少しはまぎれたとか、いうことだった。

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