松風 その十二

 前駆も気心の知れたものだけをつれて、人目を憚ってひっそりと出かけた。黄昏時に大堰に着いた。


 狩衣を着て質素になった明石のときでさえ、世にまたとなく美しいと思ったのに、まして今日は特別に心遣いをして、念入りにおしゃれをした直衣姿は、この上もなく美しくて、まぶしいほどの心持がするので、悲しみに閉ざされていた明石の君の心の闇も晴れるように思われた。


 光源氏は、久しぶりに逢って感無量で、姫君を見ても、初めてなのでどうして一通りの感動ですむだろうか。今まで別れていた年月さえ、情けなく悔しいまでに思った。


 太政大臣の葵の上の生んだ夕霧を、美しいといって世間の人々がもてはやすのは、やはり権勢におもねって、人にははじめからそう見えるのだ。


 なるほどこんなに美しいというは、幼いときからはっきりとそれと一目でわかるものなのだと見る。姫君が無心にニコニコしている顔はあどけなく、愛嬌がこぼれ、顔色もつやつやしているのを、光源氏はつくづく可愛らしいと感じた。


 姫君の乳母も、明石に下った頃はやつれていたのに、今は大人びて器量も見違えるほど美しくなっていて、京に帰ってきて以来の話など、懐かしそうに言うのを、光源氏は、いじらしく思って、あのような侘しい海人の塩屋しかない土地で、よくまあ辛抱してくれたと労った。



「この大堰も、たいそう人里離れていて、訪ねてくるのも大変だから、やはりあの、前から私の考えているところに移りなさい」



 と言うけれども、明石の君は、



「まだこちらの生活に馴染めず落ち着きませんので、もう少ししてから」



 と言うのも、もっともだった。その夜は一晩中、二人は愛し尽くし、細々と将来を誓い語り合い、一睡もせず朝を迎えたのだった。

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