松風 その二

 昔、母方の祖父に中務の宮という人がいて、その領地が、嵯峨の大堰川の辺りにあった。その子孫にしっかりとその土地を相続させる人もなくて、長年荒れ果てているのを親たちは思い出した。


 中務の宮の在世中から引き続き管理人のようにしておいたものを、明石に呼び寄せて相談した。



「俗世間のことはこれまでと、きっぱりあきらめて、こうした田舎に落ちぶれた暮らしをしていたが、この老年になって思いもかけないことが起こって、改めて都の住居を捜している。いきなり晴れがましい人中に出るのも恥ずかしかろうし、とんと田舎暮らしに慣れてしまった娘の気持ちも落ち着くまいから、いっそ昔の所領を尋ねだしてと思いついたのだ。造作に必要なものはこちらからみな送ることにしよう。邸を修理して、一応人が住めるように手入れしてもらえないだろうか」



 と入道が言った。男は、



「これまで長い間、持ち主もいませんでしたし、ひどく荒れ果てた草薮になっておりましたので、私は下屋の手入れをしてそこに住んでおります。ところがこの春頃から、光源氏様が近所の御堂の普請を始められ、あの辺りはすっかり騒々しくなっております。立派な御堂などがいくつも建ちますので、大勢の職人が入って、仕事をしているようです。もし閑静な住まいが希望なら、あそこは期待はずれでしょう」



 と言うのだった。

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