蓬生 その十七
明くる年の四月の頃、光源氏は、花散里を思い出して、紫の上に暇をもらってこっそりと出かけた。
この幾日か降り続いた雨の名残りが、まだ少しぱらついた後やみ、月も美しく上ってきていた。
若い頃の忍び歩きを思い出し、華やかなほどの美しい夕月夜に、道すがら昔の色々な恋の思い出にふけりながら、車を進めている。ふと、見る影もなく荒れ果てた家の周囲に木立が茂って、森のようになったところを通りかかった。
大きな松の木に藤の花が咲きかかって、月の光になよなよと揺れながら、風に乗って、さっと匂ってくるのが懐かしく、そこはかとない香りが漂っていた。橘とはまた変わった風情があるので、車から顔を差し出してみると、柳の枝も低くしだれて、築地も都合よく崩れているので邪魔にならず、そこに乱れかぶさっているのだった。
何だか見覚えのある木立だなと思ったのは、それも道理、そこは末摘花が住んでいる邸だった。光源氏は胸をうたれて、車を止めた。
例によって惟光は、こうした忍び歩きには供を欠かしたことはなかったので、今夜も側に控えている。光源氏は惟光を呼び、訊いてみた。
「ここは、確か末摘花の邸だったね」
「さようでございます」
と惟光が答えた。
「ここにいた末摘花は、まだ今も淋しく一人で暮らしているのだろうか。訪ねてあげなければならないのだが、わざわざ来るのも面倒だ。こんなついでに入っていって案内を請うてごらん。ただしよく先方の事情を確かめてから、こちらのことを切り出すように。人違いだったら物笑いだからね」
と言ったのだった。
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