澪標 その十四
「乳母はどうしていますか」
など、手紙の中に、光源氏は優しく案じて尋ねるのも有り難く、それだけでどんな苦労も慰められるのだった。
返事には、
数ならぬみ島がくれに鳴く鶴を
けふもいかにととふ人ぞなき
「何かにつけて物思いに塞いでおります日常を、こうしてごくまれに慰めくださるお手紙におすがりして生きている私の命も、いつまでつづくことかと心細くてなりません。本当にお言葉のように、姫の身の上が安心できるよう、おはからい願いたいものでございますけれど」
と、真心込めてしたためた。
光源氏はその返事を繰り返し見ながら、
「ああ、可哀想に」
と、長嘆息しながら一人呟くのを、紫の上は流し目にチラリと見て、〈浦より遠方に漕ぐ舟の〉と、そっとひとりごとを呟いてしんみり考え込んでいた。その古歌の下の句は〈我をばよそに隔てつるかな〉なので、光源氏は、
「本当に、そこまで邪推なさるとは。これは、ただ、あはれといっても、ほんのこの場限りの感慨に過ぎないのですよ。あの明石の景色などを思い出す折々、過ぎ去った昔のことが忘れられずに、つい漏らす独り言です。それまでよくまあ、聞き逃さず咎められるとは」
など、恨み言を言って、手紙の表包みだけを見せた。明石の君の筆跡など、とても風情があって立派で、高貴な身分の人でもたじろぎそうなのを、紫の上は目に止めて、万事こんなふうだから光源氏が惹かれているのだろうと察するのだった。
こうして、紫の上の機嫌をとるのに紛れて、花散里をすっかり見限る形となっていたのも、気の毒なことだった。
何かと政務も多忙で身動きもままならない身分なので、忍び歩きも自重している上に、花散里からも、目新しく心を惹くような便りもないので、光源氏もつい落ち着いているのだろう。
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