明石 その十七
入道がこの上もなくよい音色を出すいろいろの琴をいくつか、まことに優しく優雅に弾き鳴らしているのを聞き、光源氏は感心して、
「筝の琴は、女が心惹かれる感じで、取り繕わず気楽に弾くのがいいものだが」
と何気なく言うと、入道は娘のことを言われたと勘違いして笑顔になり、
「光源氏様の演奏以上に、情趣深く弾ける女がどこにいましょうか。私が延喜の帝の直伝の弾き方を伝授されまして、三代目になるのですが、このようなふがいない出家の身の上で、俗世のことはすっかり忘れ果てておりますのに、ひどく気分の滅入るようなときなどには、筝の琴をかき鳴らしたものです。それを不思議に見よう見まねで弾くようになったものがおりまして、しかも自然に、私の師の前親王の手法に似通っているのです。山伏のひが耳で、松風の音を琴の音と聞き間違えているのかもしれません。それにいたしましても何とかして、あれをそっと耳に入れたいものでございます」
と言いながら、身を震わせて涙を落とさんばかりの様子だった。
光源氏は、
「私の筝の琴など、琴ともお聞きになるはずのない名人の前ではうっかり弾いてしまって、みっともないことでした」
と言って、琴を押しやりながら、
「不思議に昔から筝の琴は、女が上手に弾くものでした。嵯峨天皇の伝授で、女五の宮が、当時の名手として名高かったのですが、その血筋の中には、これといって弾き伝える人はおりません。今、名人と呼ばれている人々は、全ていっぺんのひとりよがりの気晴らし程度にしかすぎないが、こちらに、こうして正しい奏法を人知れず弾き伝えた方がいらっしゃったとは、実に興味深いことですね。ぜひとも聞きたいものです」
と言った。
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